お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

お経について

 見つけてくださいまして、ありがとうございます。

私は昔から第六感が少しだけ強いらしいです。それゆえなのか、普通の人には見えない人や動物を見たり、声を聴いたりします。

 今、うちに普通の人には見えない方々がかなりいます。
幼い子供も、大人も、ずっと昔の人もいます。なかには、話しかけちゃいけないような人もいます。彼らはただいるだけで、悪さはしません。(かわいいイタズラをする人もいます。)私自身、彼らがいることについてはなんとも思いません。いたいならいればいい、いたくないならでればいい。そんな感じです。

 彼らは、心の中になにかしらの問題があり、苦しんでいます。彼らは本当は優しくて楽しい人のようにおもうのですが、今、彼らは心の中の何かがチクチクして、怖い人になっています。

 お坊さんでもお寺関係者でもない素人がお経をあげてもよいのでしょうか。お経をあげたお坊さん独特のお経を読むときの声であげたほうがよいのでしょうか。

 今、新生活で疲れがたまってしまい、なかなか彼らとお話できる体力がありません。前までは、ちょいちょいお話ししたりお茶を飲んだりしていました。

私ができることならば、無理がない範囲でやらせていただきたいです。

たたり・悪霊
有り難し 19
回答 2

質問投稿日: 2017年5月10日 13:22

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

私には霊感が全く無いので経験もありませんしどうするべきかは分かりません。
ただ、参考になるかどうか分かりませんが、餓鬼事経という初期仏教経典の中のお話を紹介します。

ある時、亡くなった人が餓鬼となって、ある人の前に姿を現します。その姿は痩せていて服も着ていません。
不憫に思ったその人が、お釈迦様、又は修行僧、又は貧しい人にお布施(食べ物や衣類などを与える)して、その餓鬼に回向(功徳を振り向ける)します。「このお布施があの餓鬼の幸になりますように。」
すると、餓鬼の前にたくさんの食べ物が現れ、綺麗な衣も現れました。
その後、餓鬼はその人の前に再び現れ感謝して消えていきました。

このように、あなたが何か良い行いをして、その見返りを求めずに、あなたの周りにいる人たちの幸になりますように、と願ってみてはどうでしょうか。

もし、それが難しいようでしたら、阿弥陀仏にお任せしましょう。南無阿弥陀仏と心を込めて声に出して唱えてください。5〜10分くらいでもいいですし、気がすむまででもいいです。
阿弥陀仏は全ての人を救いたいと願っていますから、きっと声を聞いて力を貸してくれると思いますよ。

2年3ヶ月前

「般若心経」

桔梗様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「霊魂」の存在については、仏教では基本的に「無記」(議論するに益がない)という立場になりますが、もし貴女様が認識なさられておられるように、存在しているとしても、私たちと同じように、輪廻の迷い苦しみの中にあるものたちとして、何とか救われるように、悟りへと向かえるように調えてあげて参りたいものとなります。

私たちの輪廻の原因は、無明(根本的な無知)・煩悩と、それらによるカルマ・悪業となります。

無明・煩悩・悪業を滅していくためには、智慧と福徳(功徳・方便)の二つの資糧が必要となります。

その資糧の修習へと向けて、主には、智慧の資糧となりますが、大いに役立つお経の一つが、日本でもっとも馴染みのあるお経としての「般若心経」となります。

もし宜しければ、「般若心経」を心をこめてお唱えなさられて下さい、そして、話ができるのであれば、般若心経の内容について話される、話し合ってみられるというのも。その参考の一つとして、下記の拙論もお読み頂けましたらとも存じます。

『般若心経における「空」について』
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/93cd51b49c2264eb00fcc00a904a3392

更に、般若心経を唱えられた後には、唱えられた功徳を皆に振り向けられるように、下記の「普回向」も唱えて頂けましたらと存じます。そうすると功徳を皆と共有することで、皆の福徳の資糧の少しの糧ともなりますゆえにて。

「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを。」

かれらも確かなる仏道の流れに乗り、やがて悟りへと至れんことを。

川口英俊 合掌

2年3ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

お二方のご回答感謝申し上げます。

お経だけが供養ではないのだと勉強になりました。
阿弥陀仏様や般若心経、普回向など、自分のできる範囲のことをさせていただきたいと思います。家にいる人たちの願いをかなえることだけがすべてではないのですね・・・。

お二方に幸せが訪れますように。
ありがとうございました。

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