殴られました
前回の質問の返信欄に書こうかと思いましたが、改めて投稿しました。
「愛する女の命より自分の子孫を残すことを優先したんですね」と言ったら殴られました。
私は「違うって言うなら言葉で反論してみなよ、2回も奥さんの命を危険に晒しておいてよく愛してるなんて言えるね、矛盾してるよ」と言い返し更に殴られました。
顔は痛いけど心は晴れやかです。
あの男は言葉では何も反論できませんでした。
つまり私が正しかったということです。
そうでしょう?
母は男に強姦されて私を生みました。 中絶は金銭面の問題で出来なかったようです。 母は分娩中「嫌!生みたくない!」と叫んでいたと立ち会った親戚が笑いながら話していました。 十月十日も生活を制限され、ホルモンバランスは狂い性格も変貌し、キャリアも泣く泣く諦めなくてはならず、激痛の中命がけで分娩、ボロボロの身体で寝る暇すらなく子育て、歪んだ骨盤は元には戻らず、一番綺麗な時期を好きなことも出来ないまま子どもを生む道具にされる。 出産は拷問です。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
その正しさは気分が良いですか?
おはようございます。痛かったですね。お怪我はないですか?過去の問答を拝読しましたが、質問に答えれば反論し、同感すれば質問に答えてないといい、これではあなたの気持ちに決着をつけることはできません。過去の問答でお坊さまがたは一生懸命答えてくださってます。もう一度ご覧になり、それを受け入れるように努力してみてください。さて「正しさ」ってなんだろう?あなたにはあなたの正しさがあり、相手には相手の正しさがあります。お互い受け入れ認め合う事をしなければ、すれちがうばかりです。仏教に「同事」という言葉があります。相手の立場になってみる、って事です。相手の立場に立ってみて、正しさって何だ?ってもう一度考えてみてくださいね。
ここは議論をする場所でも自分の主張を広める場でもありません。悩み相談の場です。
あなたにはあなたの考えが有ることは否定できません。その考えに絶対の正しさを自ら見出しているなら何のお悩みもないことでしょう。その考えを広めたいだけなら別の場所をご利用ください。
もしも自分の考えが正しいのかどうか、もしくは、そういう考えをもってしまうということ自体についてお悩みのようならば、そのように考えるようになった経緯や、それが認められないとどう苦しいのかなど…あなたの気持ちについて書ける範囲でかまいませんのでお聞かせいただき、是非ご相談ください。
あなたの考えではなく、あなたの苦しみをどうにかしたいというのがこの場です。
なお、今回の内容についてその男性とあなたの考えについてどちらが正しいということは言えないしわかりませんが、その男性の殴る(暴力)という行為については正しくなかったと思います。
でももしかしたらその男性にとってはあなたに心を殴られたような気持だったのではないでしょうか。
もちろんそれに暴力で返してはいけませんがね。
質問者からのお礼
光?さんへ
確かにあれらの反論は不要でした。
そこは反省しています。
しかし質問に答えて下さらないのは事実だと思います。
「なぜ男は愛する女の命を危険にさらしてまで子孫を残そうとするのか?子孫繁栄を願うのなら、それは女の命より自分の子孫を残すことを優先したということ、その時点で女のことを心から愛してないのではないか?」
この問いに真っ向から答えて下さった方はまだおられません。
正しさは人によって違うことは同意します。
しかし愛する人の命を尊重することは絶対的な正しさではないでしょうか。
私が男だったら愛する女に子どもを生ませたりしません。
なぜならその人の命を自分の子孫を残す為に危険にさらしすなんて持っての他だからです。
死んだ命は戻ってきません。
吉武文法さんへ
それもそうですね。
もう一度投稿し直します。