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離婚すべきか悩んでいます

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結婚15年目。30代妻(私)と40代夫

夫は気が強く、自己中心的、わたしを想っているようだが、態度には表さない。じっと様子を見て、私が本当に大変そうなときだけ手を貸すが、
私からの頼みは「甘え」と見て突き放されることがほとんど。

私は気が弱く、かといって夫には受け止めてほしいこと、話を聞いてほしいこと、よく訴える。
結果、いつもケンカに。
いつも満たされない感じ。夫に対して、こんなに人って冷たいものだろうかと思う。

ついに耐えきれなくなり、家を出、里帰り。

両親、妹は、「あんなに愛情の薄い夫とはもう別れなさい。これ以上一緒にいても幸せにはなれない」と言われ続ける。

ですが、、

私は仏道を聞きかじりながら学びました。
私の悩みは四苦八苦のうちの求不得苦ではないかと。
相手に変わってもらいたいというのはエゴだし、
もし離婚してもまた違う悩みにあうのではと…

仏道など気にしなければ、離婚に踏み切れますが、仏教の教えをふまえると、私が悪いのかな…と不安になります。

夫とは合わない、これから先一生を共にする自信はない、家族も反対するほどの夫、なら、もう無理だの気持ちと

ケンカも夫婦仲の悪さも私に問題ありきなのだろうか…、夫のことは嫌いじゃない、受け入れてくれない寂しさがあるだけ、の気持ちとの

両天秤で、いくら考えても、まったく、まったく、答えが出ないのです。

私はどうすればいいと思いますか。。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自利利他円満

求めるものが得られないことによる苦しみ、という意味では求不得苦と言えるのでしょうが、その苦しみへの対処方法が、求めるのが悪いから我慢すればよいとなるのもどうなのかな?と感じます。
ではいっそ逃げて離婚してしまえば良いかと言うと、それはそれで求める形が変わったにすぎず、結局は現実に叶う範囲の中で自分の都合を求めたに過ぎないのかもしれません。

どちらかが我慢すればよいのであれば関わらなければよい話です。しかし、そんな寂しい世界があるでしょうか。
それでは我慢できるのであれば、我慢しながらでも関わり続ける…相手は変わらずに周りを傷つけ続けても私が我慢すればそれでよい…それもまたある意味で独りよがりな「私だけの心の平穏」という狭い世界の救いに留まるのではないでしょうか。

仏道から選ぶべき道を学ぶのであれば自利利他円満が大事ではないでしょうか。「私もあなたもともに救われる道」です。
そうであるならば形は離婚となろうが、継続であろうがどちらでも構わないのではないでしょうか。

端的に言えば、結局はご主人とよく話すことだと思います。

このままでは離婚も考えているということを伝えて、それならご主人は何ができるか。マリコさんは何ができるか。お互いに何ができて何が我慢できないか。

>「夫のことは嫌いじゃない、受け入れてくれない寂しさがあるだけ」
この気持ち、もう一度真摯に伝えてみましょう。あなたにとっては「甘え」でも、私はそこに夫婦のつながりを求めていたと…

その話し合いの結果、「お互いのために」やはり一緒にいようとなるのでも、「お互いのために」別々の道を歩もうとなるのでも、そこに自利利他円満の精神があるのであれば、それは苦しみからの逃げではなく、苦しみを解決しようとしたたしかな精進でしょう。

どちらかが我慢しなければいけない個人の救いではなく、お互いの努力と支え合いによるともにの救いの道へ。

つくべき縁あれば、はなるるべき縁もあるのでしょう。

どんなご縁となってもきちんと態度を選択できた結果であれば、悪い様にはならないのではと思います。

ご無理はなさらぬよう…そして後悔のなきように。

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個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
もう一度話し合ってみようと思います。
吉武文法さんの言葉は重く響きました。
言葉足らずなお礼の言葉をお許しください。
ありがとうございます。

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