あきらめないようにするには、どうしたらいいのでしょうか?

あきらめないようにするには、どうしたらいいのでしょうか?
何度も何度も、同じ事で挫折を繰り返しているのに、学ぶことができません
頭が悪いのが原因です。
目標を決めて、一生懸命、頑張って生きてきたのですが
もう、どうすることもできません・・・・
生きてきて大半、病院で過ごしてきました。
楽しい思い出なんか、ありません・・・
家族もいなく身寄りもいません・・・
助言をください よろしくお願い致します。

有り難し 15
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

むしろ本当に諦める。完全敗北ではなく、笑いながら完全降参。

私は昔、死のうかと思うくらいに悩んだ時、あなたのようになにか❝諦めちゃいけない❞ような特殊なものを強く持っていました。
仏教は世間でいうところの❝あきらめろ❞❝あきらめちゃダメ❞というようなアキラメを説いている訳ではなく、今の真実をまさしく、事実を見て今、ココを明らかにして、真実の姿(真理で説かれた内容)を諦めろと言っているのです。
大いに明らめてください、真実を諦めるべきなのです。
分かりやすいえば、今の自分の真実を悟り、それ以上でもそれ以下でも無いのだから、そこからできることを見出していく。
わたしは最近、日に日にブーデーです。
痩せていたころの自分とは別人でブーデーです。
ですが、その姿を私はしかと受け止め、明らかにしています。
諦めています。ブーデーであることを反発しないのです。
明らめたブーデー、諦められたブーデー。
ですが、お金があればライザップに挑戦もできます。敗北ではないのです。
笑いながらの降参、なのです。
両手手放し。頭の手放し。
自分で握っている変な理想のようなものを一度、両手を挙げて完全に降参して手放しにするのです。そうすると等身大の自分が手に入るのですよ。
等身大のブーデー。これはあくまで私のことですが。
たとえが悪かったと思いますが、要は、今の自分の、自分の中の❝負❞とするものを、そのままの姿として肯定すれば、負にならなくなるという事です。
そういうものなんだ。これが今のそのままの自分なのだと、良い意味での、仏教的諦めがつくのです。高齢者の方でも、病気の方でも、明るく生きている方とは、みな、そこを明らかにされ、仏教的に今の自分の真実相を諦めているのです。

2年3ヶ月前
回答僧

円通寺

邦元

何もかも諦めてみる

全部そのままでいいじゃないですか。「こうでなくてはいけない」という理想像をつくっていませんか。
そんなものは幻想にすぎません。
そのようになるわけがない。なぜなら思考だから、事実ではないからです。
仏教は事実に即して生きれば救われる教えです。
一般的には諦めないこと、夢を追うことが美しい、正しいとされていますが、それは苦しみの原因を作り上げるだけです。
仏教は救われる教えです。
こだわりを手放し、楽に生きてください。
安楽の生活は目の前の今にあります。そのままでいいのです。

2年3ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

丹下 覚元様

いつもご回答してくださり心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。

「自分の中の❝負❞とするものを、そのままの姿として肯定すれば、負にならなくなる」

そのままの姿を受け入れられたことがなく
物心着いた時には、虐待に遭っていました。
負を認める(肯定)する修行をするにはどうしたらいいのでしょうか…。

邦元様

「仏教は救われる教え 」
「安楽の生活は目の前の今にあります。そのままでいいのです。」

1日でも早く、悩みから救われるように、
仏教を勉強して苦しみから解放されたいです。
心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

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