hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

自分が許せない。

回答数回答 1
有り難し有り難し 15

私は今まで人の目を気にして生きてきました。
人がどう思うかが全てでした。
あと、周りはみんな敵だと思ってました。必死に、戦ってました。

でもほんとつい最近、
他人は私なんかどーでもいいことを知りました。また敵なんていないことをしりました。
今は逆に気にしてたことが、ほんとうに恥ずかしいです。
もっとラクに生きれたはずなのに、自分を裏切ったり、自分を傷つけてきました。そうさせたのは誰のせいでもない自分です。そして、いっぱい過去の恥ずかしい出来事や勘違いして辛い思いしたことが走馬灯のように出てきます。
キチガイということばがピッタリ当てはまるこです。
ものすごく痛いやつです。
人生の汚点だらけです。
昔の写真とかほんとうに嫌です。

みんな色々あるさ、とおもうけど、
そういう言葉がほしいのではなくて、
どう受け入れていけばいいのかがわかりません。失ったモのがあるし。。時間とか
なんていうか、そう思い込んでいた、
自分を許せません。無駄なことをしていました。だいぶ自分に嘘をついてきたので健康もダメダメになりました。

今はほんとうに誰も恨んでいなくて
誰よりもどんな犯罪者よりも、
自分のことが一番許せなくて、
消えたいです。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今日から新しい自分ゲーム

昨日のあなたと今日のたなたは別の物体です。
ただ、記憶というデータを受け継いでいるだけ。
ロールプレイングゲームをやったことがあるでしょうか?
もしも、昨日まで他人がやっていたゲームを、今日からあなたが引き継いでやらなければならなくなったとしたら?
昨日までのプレイヤーのせいで不利な条件になっているかもしれませんが、それはそれで、そういうゲームだと割り切って、今日のあなたは与えられたゲームを頑張ればよいだけなのです。
毎日、目がさめたら新しい自分、だと思ってください。
今日のゲームを今日楽しめばよいだけ、なのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

「自分を許す・認める・受け入れる」問答一覧

どうしたら自分を肯定できるでしょうか?

30代半ば独身、非正規雇用で働いています。 人よりできないことが多く、 いい歳の割に成熟していないので実年齢を知られると驚かれることが多いです。 30過ぎて好きな仕事に転職し、 なんとか続けてはいますがいつまで経っても周りから「このままでいいの?」「将来どうするの?」と言われます。 私としては自分一人が自立して生きていける職を得ただけでよくやった方じゃないのと思っていたのですが、 一般的にはそれは最低限のことで、 家庭を持ったり一人身でも正規雇用であるのが普通のようです。 私は今まで本気で人を好きになったことがなく、また子供が嫌いなので結婚したいと思ったことが一度もありません。 (ただそれは負け惜しみのように思われるので人には言いません。) 生活も仕事も何一つ、自分を肯定できる(される)要素が私にはありません。 どうしたら人は自分のことを自分はこれでよいと思えるのでしょうか? 「普通の人」になれない私はどうやったら自分を肯定することができるんでしょうか? ずっと悩んでいて疲れてしまいました。 非正規雇用なので契約で転職しなくてはいけないということもあり、それも面倒なので自死を考えていますが、後処理を遠方の家族にさせると思うと気後れして実行できません。 ただもう少しで死ぬからと思うとなんとか日々持ち堪えられている感じです。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

休み方のコツを知りたいです。

お世話になっております。 この春社会人5年目に入った者で、介護職として福祉施設で働いています。 業務や職場にも大分慣れ、比較的楽しく働けていると思う反面、この頃は休日になるとは辛くて仕方がないです。 休日なのだから心身を休めれば良い日のはずなのに強い抵抗があります。仕事上で何か気がかりな事があって休めないというよりは、ただ単純に「何もせずゆっくり過ごすという事が苦手」です。何かしていないと落ち着かず不安になります。 かと言って特段趣味もなければ、昔から典型的なインドア派で外出機会も少ないです。より正確には、持病の関係で単独行動や外出への制限が今も少なからずあり、自身も万一の場合への恐怖の方が勝って外出自体を躊躇う傾向が昔からあります。実際、外出機会は月に1,2回友人と会う程度です。 もっと休日を有意義に過ごしたいと思い、自宅でできる趣味や資格勉強など調べたり試したりしていますが、どれも大して長続きしません。第一、仕事で心身が疲弊しているのは事実ですし、その状態では集中力も保たず結局それらを心から楽しむのも当然難しい事は分かっています。それでも尚、休むという事自体はなぜか不安です。家事手伝いをしている時が、辛うじて気持ちが少し楽になっていると思えます。 以前は気分転換にCDを借りて曲を入れていましたが、今はそれすら怖いです。「こんな事に時間を費やして良いのか」という不安が常にどこかで付き纏って素直に楽しめません。 比較的身体も神経も使う職種だと思うし、だからこそ休める時に休まないとという思いもありますが、休む事への不安が拭えません。休む勇気が出ません。仮に昼寝等できても、起きた時の罪悪感の方がかなり強く、結局疲れます。 今では休日の方がかえって疲労が蓄積されているようで、こんな事なら仕事している方が楽とさえ思う事が増えました。 何か新しい事に挑んでみたい気持ちもあります。でも、仮にそれで身体にこれ以上の負担がかかったら…、仕事に支障が出たら…、周りに迷惑をかけてしまったら…と、次々悪い考えばかりが浮かび結局動き出せません。自分と周囲のためにも休めるならきちんと休みたいのが本音です。なのに怖いです。 昔からいわゆる真面目人間で、且つ劣等感が強いタイプなのも影響しているかとは思います。 どうすれば休む事を少しでも素直に自分に許せるようになるでしょうか。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

過去のとらえ方

二か月前相談させていただきました。その節はありがとうございました。 前回はプロフィールを書いていなかったので一読いただけると幸いです ここ最近まで、私にとって過去は未熟で愚かな自分、悲しかったことがすべてでしたが、卒業シーズンということもあり過去を改めて振り返ったとき自分は嫌な奴だったと思うのにみんな優しくて一緒にいてくれたこととかあれ楽しかったな、いっぱい遊んでたなといった良い思い出もあったと思うようになりました。 また今までの成績表からの先生の評価を見たり、その時の友達からもらった手紙や写真を見たりすると良いこと、自分が頑張っていたこともあったんだと思ったり、また成人式・同窓会に私は出席できなかったのですが、後から送られてきた写真で迷惑をかけた方々がみんなと笑顔で写っている様子を見て少しほっとしてしまったのです。 やったことは最悪できちんと謝れていない方がいることも酷いことですが、プロフィールに書いてあることをしてしまった時、やってしまったと思う気持ちがあったりその後繰り返さないように気を付けた行動をしたこともいくつか覚えており自分なりに頑張ったのかなと自分を許すわけではないですがいたわるような気持ちを少し持ってしまいました。自分の過去のとらえ方が少し変わったのです。 悪いことをしたひどい人ほどそういう過去を忘れ美化してのうのうと幸せに生きている、そんなの許されないとおっしゃっている方を時々見かけます。それに反論する気はなく、私もこんな酷いことしてた記憶があるのに楽しい記憶もあって今も幸せなんて過去の美化をしてるのかもと不安になります。残っている記録がみんな幸せそうでも、実はこの子もつらかったかも、もっと酷いことしてたかも、今もつらいかもと考える気になればいくらでも考えることができてしまいます。でももうわからない事や過去を無理やり思い出そうとしたり作り出そうとするのこそ何も生まれないんじゃないかとも今の私は思うのです。過去をすべて良かったこととし許された気になったり迷惑をかけた方々の前で昔幸せだったと話すつもりは全くないのですが、真実かはわからなくても、もちろん自分の悪かった事も受け入れ反省したうえで幸せだったと思う過去も受け入れてみてもいいのでしょうか?逃げ、綺麗事でしょうか? 長文乱文すみません。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 1
回答数回答 1

夫からの宿題『自分を大切にする』とは

以前、夫を裏切ってしまい相談させて頂いた者です。その節はこちらで大変お世話になり、感謝しております。 今回はその後日談になるのですが、 『自分を大切にする』という事についてご助言頂きたいです。 あれから夫とはお互いに再構築を望み日々を過ごしています。彼いわく『許す過程を大事にしたい』と言ってくださいました。私自身も当時のことがトラウマとして残りつつ、反省して一時的な仕事を見つけ就職活動に励みながら、家事や彼のサポートも全力でやろうと頑張っています。ここでアドバイス頂きメンタルクリニックにも再度通うようになりました。 そんな中、2人で何度も話し合いを進めていくうちに、当時の私の胸の内が後から見えてきました。 事件が起こる前の数日間、私はなかなか仕事が見つからず、夫は普段は話を聞いてくれる人でしたが半年前からできた趣味に没頭し過ぎて私の話を全く聞いてくれていなかったこと。やっと話せたとしても、スキンシップで話を蔑ろにされてしまい話にならず、私の元々の鬱的な部分が積もり積もって『自分は彼にとって要らない存在だ。』という自己暗示に陥り、自傷や自殺未遂をしていたこと。全て話しました。夫を責めるつもりはないですが、本人も自覚をしているらしく『守れなくてごめん』と言わせてしまいました。夫の趣味がギャンブルというのもあり、その後は控えてくれています。 ですが、やはり間違いは間違い。私のやったことは良くないことです。彼に今後絶対守って欲しい約束と言われ『自分を大切にすること』と言われました。 でも、その感覚が私にはよくわからないのです。彼はすごく私を大切に、必要としてくれていますが、彼に出会うまで私は幼い頃から母に要らない子として扱われていました。成人してからも、お酒の席で半ば無理やり関係を持たされた当時の職場の上司や、そこに漬け込んだ異性に酷い扱いを受けました。 誰も私を本当の意味で必要としてくれない。 ずっとそう思って、そういう扱いを受けてきました。 夫は自尊心の練習だと言って、よく『私ちゃんの身体は誰のもの?』『僕と私ちゃんどっちが大事?』と聞いてくれます。どっちも夫だと答えると、私の身体は私のものだし、私と夫ならどっちも大事なのが正解だと教えてくれました。 私にはとても難しいです。 『自分を大切にする』とはどういう事なのか、 ご助言お願い致します。

有り難し有り難し 24
回答数回答 2

愚痴を止めたことで見えた本音

私はある時から愚痴を言うのを止めました。 強い決意や立派な理由があってそうしたわけではありません。 ただ「どうでもいい」と思うようになった。 時間が惜しいと思うようになった。 それだけです。 そのお蔭で、一人で自分と向き合う時間が増えました。 そんなある日、些細なことがきっかけで怒りの感情が爆発し、誰にともなく怒りの言葉が噴き出してきたのです。 私は何に、誰に怒っているのだろう? そして、気が付きました。 それは自分への怒り、自分を罵る言葉だったのです。 日頃から抱えていた周囲への不満は、実は自分自身への苛立ちだったのです。 私が自分に許していないことを人が平然とやっていると、腹が立って仕方がなかったのです。どうして改めようとしないのか、どうしてそんな自分を許せるのかと。 「どうしてお前なんかが生きているんだ」 気が付いたら、そんな言葉を自分自身に突き付けていました。 あの時、逃げた自分。 あの時、ひどいことをした自分。 あの時、卑怯な態度をとった自分。 あの時、本心を貫けなかった自分。 あの時、何もしなかった自分。 そして、いつも自分に負け続けた自分。 私は自分が大嫌いで、でもそんな自分と生きていくしかなくて、 自分の思うようにならない自分を足蹴にしながら生きてきのだと思います。 昨日より今日、今日より明日、マシな自分でありたい。 でも、本当は許されたい、楽になりたい、救われたい。 それが私の本音なのだと思うのです。 どうすれば自分を許すことができるでしょうか。

有り難し有り難し 35
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る