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説明不足の彼への対応

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お付き合いを始めて5ヵ月になる1個下の彼がいます。

仕事が繁忙期で2ヵ月程会えず、LINEでのやり取りのみで寂しい気持ちになってますが仕事が忙しいからしょうがないと思っていました。

先日、私が仕事でミスをしてしまい落ち込んでいる事を彼に伝えたら既読が付くだけで返信は来ませんでした。最初は忙しいから来ないと思っていましたが数日経っても何もなかったので「忙しいと思うけど、落ち込んでる時に返事がないのはちょっと悲しい」と正直に伝えた所、「調子が悪くて。。」と一言。
それならそうと言って欲しかったです。「そんな事も知らずに自分の事ばかりで、ごめん、体調どう?」と聞いても既読だけで何も返事がありませんでした。

以前にも質問した事に対してズレた返信が来てどういう事か聞き直しても数日返信が来ない事がありました。
後日、何事もなかったように電話をしてきたので説明してもらいました。その時に私が説明不足で不安になった事を伝えたのですが謝る事はなく、笑っていました。

説明不足の彼のおかげで不安、不満、怒りとネガティブ思考で気持ちがごちゃごちゃしています。彼や自分自身にどう対応したらいいのでしょうか。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたが理解不足なだけ。

ま、めちゃくちゃ忙しかったんでしょう。

ところで、もしかして今後もそうやって説明を逐一求めるの?
何事にも詳細に懇切丁寧に説明してあなたにお伺いを立なければ、
思う存分仕事もできない?自分の役割も果たせない?
え?社会人同士でしょう?

なんだか変な関係だなぁ。

あなたの不安と不満な気持ちはまったくわからないわけではないけれど、
もしあなたのワガママに振り回されて、自分の役割を疎かにするような彼氏なら、私は同じ男として、あなたの彼氏に指差して死ぬほどバカにして笑うかなー。

仕事そっちのけでイチャイチャしてくれていつでもどこでもかまってくれるような軟弱で無責任な彼がお望みなのか、それともこの世知辛いご時世においても負けずにしっかり責任を持ってバリバリ仕事する男の中の男の彼氏がいる事を誇りに思うのか。

あなたは30代だそうですが、もうちょっと地に足をつけた考え方をできるようにしたほうが良いのではないでしょうか?

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【公認心理師】 【レンタルお坊さん】活動中。 とりあえず何でも相談してください。 でも、悪い事とやりたくないことはやりません。 https://www.facebook.com/rental.monk rental_monk hasunoha.tenrakuin@gmail.com
平日は夜間のみ対応可能。

相手にするべきは実物

現代人の一つの傾向としてSNSの普及によりSNSばかり相手にしていると感じませんか。
人間って息をしている本体がホンモノです。
とことがモノグサな我々現代人はすぐにツールに頼る。
そこにまず問題意識を持てるようになりましょう。
SNS、ライン、メール、携帯、PHS、ポケベル、手紙、伝書鳩、馬…
何よりも最強のツールは❝来ちゃった❞です。(笑)
キチャッタ…(´-ω-`) 🚪(''Д'' )💦 (´▽`*)誰~?
本人と本人が合わなきゃ結局、近場に居ても遠距離恋愛以下。
姉さん立場としても引っ張っていくぐらいの面はあってもいいのではないでしょうか。
色々な不安というものは真実を知れば消えます。
不安というものも自分を相手にしているモノでしょう。幻なのです。
人間は実物を相手にするようにできています。
ホンモノに会いに行ったらどうでしょうか。
付き合っているという言葉は状況でしょうかラベルでしょうか単なる呼称でしょうか。
どちらかが動かなければ付き合っていると言っても言葉だけなのではないでしょうか。

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おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

お礼の返信が遅くなり申し訳ございません、ご回答ありがとうございます。

決して今後も逐一詳細に説明を求めている訳ではなく、ただ質問した事に対しての返信が欲しかっただけです。

もちろん、責任を持って仕事を頑張ってる彼に対して誇りを持っています。それに合うよう私ももう少し大人になろうと思います。

ご回答ありがとうございます。

確かに文章(LINE)だけではニュアンスというか雰囲気が伝わらないですね。電話して会いたい事を伝えたら会うことが出来ました。

仰ってた通り、実物に会って会話をしたら不安な気持ちがなくなりました。
忙しくてもお互いに会う努力をしなくてはと改めて実感しました。

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