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男らしさとは

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お坊さんの考える男らしさとは何ですか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

男は度胸、女は愛嬌、坊さんお経。

男は度胸、女は愛嬌、坊さんお経。

昔から?よく聞く言葉ですが、これに尽きるかと思います。

男らしさ=度胸 とお答えします。

もちろん今の時代、理想と致しましては、男性でも女性でも度胸と愛嬌とお経(仏の教え、仏の智慧と慈悲)を兼ね備えていれば最強かつ最高だと思います。

合掌(^人^)

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有り難し
おきもち

未だ愚迷凡夫の身ではありますが、皆様の一助になるようなお答えができれば幸いです。 私自身、いわゆる「お寺の息子」として生まれましたが、小さなお寺ということや両親の教育方針もあり、感謝すること、仏様、お大師様に手を合わせることの大切さは教えられてきましたが、後継者としてのプレッシャー等は全くありませんでした。 実際、当初は仏門に入る心づもりなどなく、仏教とは関係のない分野の理系大学に進学し、在学中に起業。 仲間とIT系の会社を立ち上げたり、飲食業や人材派遣などの運営企画に携わる傍、ディスコやクラブのDJやバーのマスター、占い師(手相、姓名判断、九星気学、宿曜)としても仕事しておりました。 が、その中で思うことが度々あり僧侶を志し、お大師様とご本尊様のご加護のもとご縁に導かれ仏門に進みました。 今もいつもお大師様とご本尊浪切不動明王様方にはお導き頂き、助けて頂いております。 (趣味程度ですが、暦の研究や宿曜経の読解、気学をメインに占いは現在も嗜んでおります) 「目に見える世界」「目に見えない世界」を共に大切にして釈尊の末弟、宗祖弘法大師空海の末弟として、真言僧侶の立場、金剛乗仏教・密教の観点からお答えさせていただきます。 皆様からの相談を通じて、また他の僧侶の皆様のご回答を通じて多くを学べればと思います。 皆様との御法縁に感謝して精進してまいります。 煩悩即菩提 即事而真 当相即道 また自坊(金剛寺)では護摩祈祷会や阿字観体験会(阿息観による密教瞑想体験)も開催しております。 また自治体や地元社会福祉協議会様や企業、団体様より依頼を受けて法話(講話)や瞑想指導を不定期で行っております よろしくお願いいたします。 合掌
可否が時期によります ご相談ください

そんなものは「ない」けれど…

シンプルで深いご質問だなと感じました。考え出すと面白いですね。

誰にとってもThis is「男らしさ」という固定的・実体的な答えがあるわけではないでしょう。

よって、「男らしさ」なんてものは「ない」とも言えますし、「言葉の虚構」と言ってもいいかもしれません。

でもね、「男らしくないなあ」なんて言われるシチュエーションは実際に「ある」こともあるんですよね。その時にはその相手からは確かに「男らしさ」が求められているわけです。
つまり「ない」ものを求められた時にそれを「ある」ものとしてそこにに乗っかれる勇気・度胸が「男らしさ」としてそこにはたらく要素かもしれません。

まとめると、「男らしさ」を求める相手に対して、その求められたものに応えられる能力、そして応えようとする気概…結局「男は度胸」とはよく言い表した言葉なのかもしれません。

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以下は例

ビシッと一言言ってくれることを「男らしさ」として求められているのならばそうすることがその相手にとっての「男らしさ」

デートでリードしてくれることを「男らしさ」として求められているのならばそうすることがその相手にとっての「男らしさ」

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相手が求める「男らしさ」に応えようとするあなたの度胸が相手にとっては「あなたの男らしさ」として捉えられるということですね。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

「らしさ」はなく、あるのは「私が私であること」

僧侶としての私が考える男らしさは何もありません。また、女らしさについても何もありません。あるのは、他の誰にも代え難い「自分らしさ」でしょうか。

でも、もしかしたら、この自分らしさすらないのかもしれません。あるのは、「私が私であること」。ただそれだけなのかもしれません。

自分のことを規定せず、ありのままに現実を受け入れて生きていくことが出来たら、どんなに幸せなことかと思っています。そのための教えが、私にとっては仏教なのです。

質問者のかずさんの期待に添えるような回答ではないかもしれませんが、私の考えるところを書かせていただきました。

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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

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