hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

ご先祖様への感謝

回答数回答 2
有り難し有り難し 17

はじめまして。
人との関わり、生きること自体が苦しくて…苦しくて、色々と考え、悩み…答えを求めて色んな本を読みました。それでもどうしても答えがわからず、こちらへたどり着きました。

話せばとても長くなってしまうので、要約します。
私の両親、特に母親はいわゆる毒親です。毒親だと気付いたのは5年くらい前で、それまでは、違和感を感じつつも、私は母の愛を求めていました。

私は母に手をつないでもらった記憶がありません。物心ついた時から孤独で…愛されていると実感したことはありません。

親を変えるのは無理…私の想いをわかってもらうのは無理だと諦めようと、やっと自分の人生を、自分自身を生きることに一歩踏み出そうとしてもがいているのですが…

あるお坊さんが執筆した本を読んだところ「仏教は先祖への感謝が基本」というような内容がありました。

母は今、要介護状態ですが、私は母に触れることができません。触れることができないどころか、母から出てきた自分に嫌悪感を感じることもあります。

般若心経に興味を持ち意味を調べ、仏教をもっと勉強したいと思っていたのですが、「ご先祖様への感謝」が壁になっています。

あの母の考えや生き方は、そのまた母(祖母)に影響を受けているようで…
私はどうしても「ご先祖様に感謝」という気持ちが持てません。

本当に辛くて苦しい人生でした。今まで生きていてよかったと思えたことは一度もありません。
ただ、いま、親への執着を捨てて、少し楽になったところなんです。。これからは自分を生きてみたいと少しずつ行動しています。

仏教の教えを支えに生きていきたいと思ったら「ご先祖様への感謝」は必要なのでしょうか…

2018年9月6日 14:51

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

『自分を生きてみたい』。

感謝が必要か不要かということは
あまり気にせず、教えそのものをテーマに
学んでゆかれればよろしいのではないでしょうか。

ご先祖様への感謝が基本、というのは
ある意味、その通りなんですけれども。

仏教が説いているのが
感謝出来ている人が偉いのだ、という話だと思いますか?

一方的に
感謝できればより幸せになれるのだ、と言われたら
それってなに。ならなきゃいけないの?
と感じるでしょう。

仏の教えは、みこさんにおしつけるためにあるのではありません。
『自分を生きてみたい。』
という心にいつでも寄り添ってくれるものだと思います。
みこさんが、まさにおっしゃったとおりではないでしょうか。
自分を生きるのが仏教だと私は信じています。
教えを自分のものにしなくてはなりません。
独善的だと思いますか?

でも
もしかすると
仏教に裏切られることもあるかもしれない。
教えに不満を持つこともあるかもしれない。
どうあれ、ご自身の決意に不平不満を持たない生き方が
仏の生き方だと思いますから
やはり
自分を生きなくてはならない。
と感じます。
上座部仏教であれ大乗仏教であれ
念仏であれ題目であれ坐禅であれ
般若心経であれ
自分のものにしていっていただきたいです。
自分のものにできたら。

いつか私にも教えをください。

そんな日が来ることをお待ちしております。

                     南無釈迦牟尼仏 合掌

2018年9月6日 19:35
{{count}}
有り難し
おきもち

仏さまとの命の繋がりに感謝。

こんばんは。亀山純史と申します。

「ご先祖様への感謝」ですが、これはご先祖様からの連綿と流れている「命の繋がりへの感謝」です。たとえば、誰だって、江戸時代のご先祖様がどんな人だったかなんて、わかりません。そのような中で、ご先祖様に感謝する、と言うことは、それはご先祖様のお人柄などに感謝するのではなく、ご先祖様がいてくれたおかげで今の私がいるという、「命の繋がりへの感謝」でしょう。さらに言えば、私たちの命は皆、「仏さまから頂いた命」です。あなたの命もお母さんの命も、そして、ずっと昔に生きたご先祖様の命も、全て「仏さまから頂いた命」なのです。ですから、「ご先祖様からの命の繋がり」とは、「仏さまとの命の繋がり」とも言えるでしょう。そしてそうであれば、仏さまとこの私が命を通して繋がっていることへの感謝が、そのまま、ご先祖様への感謝へとなっていくと思います。

以上が私からの回答です。これからも、仏教の教えを支えに生きほしいと思います。

2018年9月6日 20:20
{{count}}
有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

質問者からのお礼

吉井さま、亀山さま
お忙しい中、ご回答をくださりありがとうございます。
いただいたご回答を何度も何度も読み返しております。

◆吉井さま
「自分を生きなくてはならない」その言葉に救われました。
今まで、親の気持ち、相手の気持ちばかり考えて生きてきました。結果、自分がいなくなりました。今もまだ、何が好きで、何が嫌で、何をしたいのか…さえもわからない状態です。
「自分を生きる、自分を大切にする」=「自分勝手、悪」だと思って生きてきました。
また少し前に進めます。ありがとうございました。

◆亀山さま
ご回答をいただき、何度も読み返し、よく考えて…いまの時点でたどり着いた考えは以下の通りです。
私は「命の繋がりへの感謝」ができない…
私になぜ「生」を与えたのか…とさえ思う。
それはなぜか。。
今まで「人の人生」を生きてきたから…ではないか?
いつでも自分の気持ちを後回しにして生きてきたのだから「自分」は必要ない人間と感じ、命に感謝ができない。。
もしかしたら、自分を大切に生きることができたら…「命の繋がり」に対して感謝できるようになるかもしれない。
ただ、残念ながら私は命を繋ぐことができません。私で終わり。。ただ、終わりだとしたら、たどり着く結果を良いもので終わらせたいと思います。もう少し生きてみよう…そう思います。

お二人のご回答を読み、深い霧で1メートル先も見えなかった前にうっすらと道が見えたように感じています。ありがとうございました。

「供養全般」問答一覧

直接知らない方のお位牌のご供養や保管

高齢の祖父と相談が難しいため、お力添えをお願い致します。 祖父には、昭和初期に亡くなった奥様がいらっしゃいます。奥様の故郷やご遺族の連絡先もわかりません。 複雑で、分かりづらい説明になることをご容赦ください。 先日引越しにあたり、その奥様(以下、先妻とします)のお位牌が出てきました。 私の母(祖父の後妻(私の祖母で既に亡くなっています)の娘)は、祖父方の親戚に辛くあたられていた過去があり、その中には先妻を理由とした苦しみもあったそうです。 ですので、母はあまりお位牌を手元に置きたくない(置いていても大切にできる気がしない)ということで、私の手元にやってきました。 先妻の方には息子(母の腹違いの兄)が一人いるそうですが、そちらも行方しれずで私も探すことができません。 機会があるとすれば、祖父が亡くなる時に戸籍等を辿って連絡できるかもしれない…程度ののぞみです。 そこで顔も知らない私ですが、若くして苦労なさり亡くなった先妻さまのお位牌を見ると不思議と涙が出て、大切に供養したいと思うのです。 当然ながら、先妻の息子さんが見つかればお渡ししようと思っております。 それまでの期間、私のような縁もゆかりも無い人間が仏壇もない自宅に安置してお位牌に手を合わせるのは良いことなのでしょうか。 もしかしたら先妻の息子さんもかなり苦労なさったそうなので断られるやもしれません。 そうなれば、どこかお寺さんに相談して供養をお願いしようと思います。 長くなりましたが、ご意見を頂きたいのは、これからの数年先妻さまのお位牌を私が預かって手を合わせることは良いことなのか。 それから最終的に、宗派もわからず檀家でもないお位牌をお寺さんに供養して頂くことができるのか、ということです。 非常にわかりづらい内容ですし私の独りよがりな考えです。 どのようなお叱りでも構いません。お坊様方のご意見をお願い致します。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る