他人が憎い時はどうすれば良いでしょうか?
職場でゴミ見たいな態度の人がいます。
他者への尊敬がない、格下だと思うと見下す、自己利益しか考えない、ズル、攻撃的。
サイコパシーが高いというか人を適当にあしらって、心のうちにある攻撃性で他者を否定する人が何処にでもいます。
サイコパス研究ではサイコパスでなくても他人を攻撃して悦に浸る人は統計上とても潜在してるようです。
そしてその人達は自分は何も悪い事をしてないとヘラヘラしていて感情や他者の尊重といった概念がありません。あくまで相手が悪い。
相手がどう苦しんでも笑い、見下し、どうでも良いかのように扱う。
本当に苦しんでる人をバカにする。
死者をバカにする、貧しい国の人たちをバカにする。
バカにしたサイコパス達には何の被害もこない。
バカにしたらストレス解消ができるのでサイコパス達にはメリットがある。
学校でも教師という生徒からしたら絶対的な人達が正義だと良い理不尽な対応をしていました。
そんな人達から攻撃されたら、相手はヘラヘラしています。
アフリカ人を土人とバカにしたら、可哀想な人や不幸な人や貧困な人を見たら自業自得プププみたいな感じ。
事故で死んだ人がいたら爆笑してSNSにあげたり。
それらの憎しみや、世の中のやるせなさってのは仏教的にはどう対処してるのですか?
私は怨みに対しては実際に反撃するしかないのでは?と思います。目には目よというか。
でも殴る事はできないし、反論してもヘラヘラしてるだけです。
例えば教師に反論しても負けるのは生徒でしょう。
その理不尽さを受け入れるしかないのですか?
世の中強い者は攻撃したままで弱い者はそれを受け入れるしかないのですか?
宗教を勉強しても矛盾しか見えてこないので苦悩していたが原始仏教に惹かれる。哲学にも答えがないと悟る。 この世界の有り方が苦悩に満ちていて嫌い。 無神論者で反出生主義。 初期仏教や哲学や精神医療などを心の拠り所にしている。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
追記10月10日 プライドの煩悩があるから、負けたくない
あなたが他人を憎んでいるとき、憎しみのストレスで苦しんでいるのはあなた自身です。
相手は痛くもかゆくもありません。
あなたの苦しみをなくすには、あなた自身が憎しみを手放す必要があります。
たとえるなら、トゲトゲのイガグリを握っているようなものです。
憎いイガグリを握りつぶそうとすれば、余計に手が痛くなります。
握り締めるのをやめて、手離せば、自分が楽になれます。
そのためには、プライドの煩悩を弱める必要がありますね。
他人に負けたとかを気にしてしまうプライドも、悩み苦しみの原因になります。
まずは、気付くことが大事です。
憎しみの裏にある、あなた自身のプライドの煩悩に気付くようにしましょう。
実は、敵は相手ではなく自分のプライドなのです。
追記10月10日(水)
お釈迦様は、たとえ誰かにノコギリで身体を切られても、相手を恨んではいけないと説かれました。
浄土宗の開祖法然上人の父上は、武士で、敵の襲撃(自宅に夜討ちをかけられた)で亡くなったのですが、亡くなる前に息子(幼少時代の法然さん)に対して、敵討ちはせずに出家して菩提を弔ってくれと遺言しました。
仏教は、そういう教えです。
質問者からのお礼
人格を否定したり感情を逆なでするような事をされても、スルーできることが大事なのですか?
例えば親を殺されても平気でいられますか?
相手の背景がわからない場合はどうすればいいですか?
相手の背景がわかってもやはりムカつきます。