他人の役に立つために仕事をすると気持ちいい
ハスノハに自分の汚点を晒す気持ちで何度か質問したのですが、特定のお坊さんのお陰で悩みが解決して今は晴れ晴れしています。(名前を挙げて感謝したいのですが、規約違反かもしれないのでここでは名前はふせさせていただきます)
さて、ハスノハでお坊さんの優しさを感じ取り、私は大変幸せで満たされました。
こんないい人たちがいるんだ。自分も他人のためにできることがないかなと思って普段の仕事に励んだら、とてつもなく楽しいんですね……。
今まで仕事の目標とか人生の目標がなかっただけに、私が探し求めていたのはこれか!と思いました。
さて、本題です。
この気持ちを持続するにはどうしたら良いのでしょうか。以前も同じ気持ちになって仕事に励んだのですが、1年経たずに我欲にまみれ終わりました。
もう十分なんです。自分だけの幸せを追求しても幸せになれないことは十分わかりました。
他人の役に立っている実感や楽しさ、感謝されること。それが本当の人生の楽しみだとわかりました。
ただ問題は、「他人の役に立つのが楽しい」という今の気持ちを保つことです。この気持ちを保ちたいです。
一体どうしたら良いでしょうか。お坊さん、教えてくださいませ。
ここまで私を導いていただき本当に感謝しています。ハスノハの開発者様、お坊さん。深く感謝しています。
いつもありがとうございます。
自我を捨てるのが恒久的な幸せを手に入れる方法だと信じている男です。 自我を捨てたいです。
女に対する執着。自分を良くしたい・良く見てもらいたいと思っている願望・自己顕示欲。 性欲など。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
他者に尽くすあなたも、我欲にまみれるあなたも大事なあなた
ご相談拝読しました。
あなたはよく考える人で、大事な事はもうきちんとわかっているのだと思います。でもあなたの注意すべきところは自分へのハードルを上げすぎる事かなと。そんなにストイックにならなくてもいいのではないでしょうか。
>自分だけの幸せを追求しても幸せになれない
>他人の役に立っている実感や楽しさ、感謝されること。それが本当の人生の楽しみ
これはとても大切な事でしょう。でもですね、
>1年経たずに我欲にまみれ終わりました
ここまで含んで大切な事なのですね。人間そう強くはない、徹底できないという現実です。理想も大事ですが現実という地に足ついたところから見る理想こそ大事なのではないでしょうか。
誰かのためが自分のために、自分のためが誰かのために
そのバランスがとれた状態を仏教では「自利利他円満」と言います。
でもこれって仏様の境地なんですね。私たちはどこまでいっても「我欲にまみれ」てしまう。
しかしそれが悪いのではなく、それに気づかせてもらうことが現実的な私たちの救いなのです。
つまり、
>「他人の役に立つのが楽しい」という今の気持ちを保つ
のでなく、あなたの気持ちがその時その時でどんなものであってもかまわないのだけれども、もしもあなたが苦しいならば、空しいならば、
我欲にまみれていないかな?自分中心の思いで世界た他者を裁いていないかな?
とチェックする。
いつでも我欲にまみれてしまう自分をも認めていくのです。
私たちの姿がそうであるからこそ、仏様は自利利他円満の精神で私たちに法を説き、目覚めを促してくれるのです。
自分が自利利他円満になってしまうのでなく、自利利他円満でありたいという願いを持ちながら歩み、でもそうはなれない自分の姿をあきらかにしていく。
そこにいつでもどこでも救われ続けるあなたの確かな歩みがあるのではないでしょうか。
質問者からのお礼
吉武文法様
この質問にも回答していただいてありがとうございます。
ご存知かと思いますが、「特定のお坊さんのお陰で悩みが解決して今は晴れ晴れしています」というのは吉武様のことです。本当にありがとうございます。
吉武様の文章を読んで、自分は理想に囚われすぎているのではないかと思いました……。
私はお釈迦様の本や漫画を読んで仏教について学んだことはございますが、もしかしてお釈迦様の教えって現実だと理想論になっているのでしょうか?
本当にありがとうございます。
私に大切なのは自分の弱さを許容することだと思いました。前回の質問も件でも同じことが言えますが、自分は完璧ではないのだし弱さもだめな部分も許容していきたいと思います。
いつも優しくためになる回答をしていただき本当にありがとうございます。