生まれた事に後悔しています。
人生はガチャガチャです。
私の人生はハズレでした。
当たりの人は楽しいでしょう。
私はハズレ。
当たりの人は言うんです、楽しむ人が楽しめる、ポジティブな人が楽しめる、明るい人が楽しめる、人生は変われる。
でも当たりの人は、遺伝子が良かっただけ。
ポジティブや明るい性格も殆どが脳の特性や。
人生は変わらない希望すらない、当たりの人生すら送れない。
毎日後悔する。
辛い。
ほんの小さな幸せにすら楽しみを感じれない。
生きてるのが苦痛でしかない。
死ぬのも苦痛。
女性に生まれたかったです。女性に生まれたら少なくとも死ぬほど楽。今とは全然違う最高の人生だったでしょう。
人生殆ど初期値で決まる。
白人かアジア人か、男か女か、IQは何か、容姿はどうか。
出来レース。
それが60くらいまで続く。
もう生き地獄。
辛い苦しい。
SNSはみんな楽しそう。みんな人生楽しそう。
辛い奴もいるだろうね、私の不幸の十分の一くらい不幸なんやろうな。
ああ羨ましい。
不幸に対する対策も社会にないし、苦しいといってもなにも変わらない。
本を見てネット見て人以上に人生変えたいと思って何か努力してるのになにも変わらない。
幸福な奴はさらに幸福、そして幸福な人は不幸な奴をバカにする。楽しいだろうよ。不幸な奴が何言っても負けだもんね。負け惜しみとか言われちゃうんだろうね。
画家のゴッホは様々な挫折を繰り返したけど、酷い人生を送ってます。
でもその途中途中でなにが楽しかったんやろなあ?とおもいます。
やりたい仕事もできずに、家族とは仲が悪く、だめ男、当然恋愛とかも嫌な思い出しかない、金もない。
ただゴッホと自分の違うところは彼は天才だったところ。
ゴッホも最後は自殺して早くこの世から離れたいといった。
なにが楽しかったんだろ???
私も20代ですが同じような人生を歩むと思います、そしてもうわかってます。希望が見えないから人は自殺をします。
私も希望が見えません。
そして人以上に調べて勉強して現実を知ってるからこそ希望が見えなくなります。
世の中の幸福な人は、遺伝子が当たりだったか、運が良かったか、なにも調べなかった人です。
生まれた事に後悔しています。
生きるのやめたい。
何も起きん。
些細な幸せすらない。
宗教を勉強しても矛盾しか見えてこないので苦悩していたが原始仏教に惹かれる。哲学にも答えがないと悟る。 この世界の有り方が苦悩に満ちていて嫌い。 無神論者で反出生主義。 初期仏教や哲学や精神医療などを心の拠り所にしている。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
一緒に笑ってくれ。
一緒に笑い飛ばしてくれる人を見つけることですね。
別にですね。
良いんですよ、遺伝子なんかカスでも。
やりたい仕事といえば
そうですね、
お坊さんなんかも
なりたくてなった人ほとんどいませんよ。
いません。
みなさん子どものころから
「おい、俺が死んだら頼むぞ、若!」
みたいなこと檀家さんに言われて育つんです。
選んでないんです。
過剰な期待。
選びづらいんですよ。
別にお坊さんだけではないと思いますけど。
そんなですね、立派なお坊さん像
押し付けられて平気で生きている人の方が
どうかしてます。
「ウチ」だから。
選びづらいんですよ。自分の人生を。
飾って生きるのを
宿命づけられているようなものです。
希望?なんじゃそれは。
初めから頭のネジがぴんと外れているんです。
みじめでしょ?
言いすぎましたかね。
でもですね。
そんな弱音もお互いあって
何でも話せる相手がいると
その人がですね、笑ってくれるんです。
自分の弱いところを
「一緒に笑ってくれる」人がいる。
実はお檀家さんにも
見ていてくれている人がいるということに
後で気づいたりする。
誰かひとりだけでもいい、すごくほっとする瞬間というのが
じつはそこにある。その人のためにも生きよう。
と思うわけです。
そんな人を見つけましょう。
自分ひとりじゃ笑えませんから。これはリアル。
「幸福な人は不幸な奴をバカにする。」
潔癖といいますか
何様でしょうね。バカにして何が悪いですか。
他人をバカにしてでも
「生きたい。」
それだけで精いっぱいなのに
その人たちをバカにできますか?
一緒になって
バカを笑い合うのが、本当は一番ではありませんか。
なかなか私たちはそうはいきませんけれど。
これが「プライド」というもの。
仏教の最大の難関『慢』というもの。
これはくるしい。
人生「当たり」でいつづけるのは、きっともっと苦しいですよ。
ハズレでいいんだとなれば「当たり」でいつづける苦労も要らない。
だだっ広いハズレを、楽しんでいこう。
だだっ広い人生を、謳歌しよう。
とりあえずオルニチン飲んで散歩しよう。
『翔んで〇玉』見て学ぼう。
お釈迦さまならきっとそう言ってくれる気がします。
南無釈迦牟尼仏 合掌