どうやったら罪を償い変われるのか。
どうしても会社組織というものに馴染めず、自分で仕事を作る決意をし、仕事を辞めました。
借金を背負いました。
自分では頑張っているつもりでした。
ただ、それも「つもり」だったのです。
1年ぐらいやって来ましたが、結果も出ず、途方にくれかけています。
また、母が白血病の疑いをかけられ、落ち込んでいます。
これは、私が「社会」というものから逃げて逃げて、自分を悲劇のヒロインだと思い、他人とは違うのだと驕り高ぶった、そして、恋人を色んなことでストレスのはけ口にし、傷つけてきたことの、罰なのかもしれない、と。
本心はただ働きたくなくて、そこから逃げていたのかもしれません。人から使われるぐらいなら死んでやる!と辞めてしまった。とはいえ、ただ働きたくなかった。自分を甘やかしたかっただけだったのかもしれない。
ただ他人と違うようなことをする自分すごい、もっと認めてくれ、こんな私を愛してくれ、と、そのツールのために、色んなもの・ことを利用しただけだったんです。
その事に先日気づき、というか、ようやく自分でも認め、空っぽになった心のまま、どうすれば良いか途方に暮れています。
いろんな後悔のような、恐怖のような感情が、自分の中に渦巻いています。
ようやく現実を見て、
支えのようなものがポッキリ折れてしまったようです。
自分が自分をこんなふうにしたのは、紛れもない自分であると、ようやく認めたような感じです。
死にたいとは思いませんが、もう病にかかってしまったかもしれない母の手前、どう罪を償えば良いのか。
そもそも罪は償えるのか。
そして、以前は頑張り屋で努力することも好きだった自分に戻るにはどうすればいいんだろうか……と。
こんな私に喝!または励ましを、いただきたいです。
よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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当初の気持ちを思い返してみて下さいね!
質問読ませていただきました。
色々辛いことが重なり、心が折れそうになっておられるんですね。心中お察しいたします。
さて、まずはお母様のことについてです。
しゅうがさんが今までしてこられたことが世間から非難され、さらに仏教的に罪を受けなければいけない事かどうかはさておきまして、しゅうがさんの罪をお母様が白血病という形で受けることはありません。
たまたま、悪いことが重なっただけです。人生生きていく中で、不思議と悪いことが重なる時期というものがあります。そうなるとどうしても自分の心が弱ってしまって、何か不可思議な力が働いてるんじゃないかと考えて、自分勝手に色んな想像をしてしまうものです。
ですのでお母様のことはきっちり自分と分けて考え、「自分のせいだ」と落ち込んでしまうのではなく、精一杯お母様を励ましてあげてくださいね!
ご病気の疑いで1番苦しんでおられるのは、お母様ご本人でしょうから。
そして、しゅうがさんのお仕事のことです。
たしかに、みんなと同じように会社組織の中で機械の歯車のように働くことがイヤだったという気持ちはお持ちだったでしょう。しかし、それだけの気持ちで借金までして自分で仕事を作るでしょうか?
そこにはしゅうがさんの夢や希望、その他色んな思いが詰まっていたのではありませんか?その結果として、安定した会社員という地位を捨てて、不確実な自分で仕事を作るという立場を選択されたのでしょう。
自分で仕事を作るというのは、生半可なことでは成功しません。色んな苦難があるでしょうし、年月もかかることです。たまに起業して短期間で成果をあげて成功する人もいますが、そんな人は起業した人の中でもごく一部です。
その他大勢の起業家は、数え切れないくらいたくさんの苦労を頑張って乗り越えていかれます。その中で、最終的に成功する方もいらっしゃいますが、結局うまくいかずに失敗してしまう方だってたくさんいるのです。
1年頑張ってこられたとのことですが、まだたった1年です。今回の件を良い機会としまして、本当に相当の覚悟を持って自分で会社をやっていくのか、それとも自分には無理だったと諦めて会社組織の中で生きていくのか。
自分で仕事を作ろうとしたときの気持ちを思い返して、一度ゆっくり考えてみてはいかがですか?
何か少しでも参考にしてみて下さいね。
質問者からのお礼
藤川様
こんにちは。今回は回答頂きありがとうございました。お礼が遅くなってしまい、申し訳ありません。
私は家庭が若干複雑です。そこが起業したすべての始まりで、それをすっかり忘れてしまい、自分で自分を追い詰めてしまっていました。
また、人に依存したり人の言うことをただ聞くだけで、真実の自分をすっかり忘れていたように思います。
母のことや失恋などとにかく色々重なり、ここ数日本当にダメになっていました。が、その時間の中で藤川様の教えを何度も頭で反芻して、他者と自分は別物であり、私は私としての人生を私の願いのまま、誰かの期待に応えるという訳でもなく、ただ自分を生きていいのだということをようやく腑に落としました。
母は来月大きな病院で検査の予定ですが、どんな結果でも前向きにいこうと思います。
この度は色々と有難いお言葉を頂戴し、ありがとうございました。少し立ち止まってしまいましたが、少しずつ進んで行きます。
しゅうが