生きる意味
はやく楽になりたいと最近思います。
職場の人間関係、友人関係、好きな人にも振られ。いろいろな悩みがあり、そう思うようになりました。まだまだ生きなくてはならないのかと思うと毎日が辛いです。
自分がいなくなっても、誰も困らないのではないかとも思います。
車を運転していても、このまま突っ込めば死ねるのかなとか考えてしまいます。
このように思う自分はおかしいのでしょうか。
生きたくても生きられない方がいる中で贅沢だと思うのですが、生きるのが辛いです。
助けてください。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ホップ、ステップ、ジャンプせんのか〜い
”職場の人間関係、友人関係、好きな人にも振られ、いろいろな悩みがあり”
うん。それ、ぜーんぶこれから飛躍するための前振りだから。
主人公が全然ピンチに陥らずに、最初から最後まで圧勝してるのは、スティーブン・セガール主演のアクション映画くらいだ。
いきかわる
失礼します。
全然おかしくないです。私もありましたし。
そう思えるのはある意味で精神的な財産です。
拙僧は禅宗なのですが、禅の根幹には「常識をぶん投げる」思想があります。
それに触れて私は、ダウナーな気分を自分で消去できるようになりました。
こういう気分は、価値観をひっくり返すことでキャンセルできます。
自分が死んでも誰も困らないチッポケなものかもしれないけれど、
よくよく考えたら、逆にチッポケなんだから、自分が好き勝手生きていても誰も気にしないな...と。
なら、ある程度何しても大丈夫だろ...みたいな。
これは自暴自棄になるとか、何か事件を起こすとかではなくって、
好きに生きていってもいいじゃないか!という意味です。
嫌なことがあっても、3日くらいで(精神的に)無視できるようになりました。
こういう時は、喜怒哀楽のどれかを思いっきり振り切って発揮するのが端的にいいと思います。
(社会的に問題になる方法はNGですが)
時間を作って、思いっきり好きな映画を見まくるとか。悲しい映画で泣き倒す。
音楽を聴きまくる。無趣味な場合は見知らぬ観光地やテレビでよく見聞きする街を歩き倒すなど。
メンタル面のリフレッシュを、まずはしてみるのがいいと思います。
生きていても...と思いがちですが、仏典には「一呼吸ごとに一生がある」と言って、
息を吸って吐いての一瞬で、生命は生まれ変わっていると言います。
ひっくり返すなら、一呼吸ごとに死んで生きかわっている。
寝て起きたら違う生命だと思ってください。騙されたと思って。
今日は、こういう性格で行こう。今日はこういう判断をしてみよう。
自分の生まれ変わり続ける生命を、神様仏様になったつもりでコントロールしてみてください。
あなたのお気持ちをお聞かせ下さいね
拝読させて頂きました。
いろいろな辛いことが重なって生きるのが辛く感じていらっしゃるのですね。あなたのお気持ちを心よりお察しします。
あなたがそうお感じなさることは確かに生きている中ではありますよね。ましてやうまくいかないことや思い通りにならないことが重なってくると本当に生きていくことが苦しくて生きるのがいやになってしまうことはありますよね。
人生そのようなことばかりではないとも思います。
とはいえやっぱり辛いですよね。
私も毎日そう思いながら生きていましたね、今は少しやわらいだように思います。
あなたは決して独りではありませんからね。
宜しければどうかあなたのお気持ちをお聞かせ下さいね。