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赤ちゃんの供養 宗派の違うお経

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有り難し有り難し 5

生後2週間で長男を亡くしました。
旦那の実家は宗教にこだわりがなく、お仏壇もありません。
私の実家にはお仏壇があり、月参りで浄土真宗の御僧侶さんがおいでになっているのでそちらで初七日までお参りしていただきました。

そこでご質問です。

私たちはまた子供を授かりたいと思い、子授け地蔵様のおいでるお寺にお参りに行きました。
そちらのお寺では水子供養や先祖供養も行なっていたため、息子にもお経をあげてもらいました。
その際、浄土真宗のため戒名ではなく、法名を記入しました。

何も知らずに違う宗派のお寺でお経をあげてもらったことになります。
これは良くないことでしょうか?

もし子供を授かった場合、そのお寺へのお礼参りも考えております。

その際、亡くなった我が子への供養と報告のためそのお寺でお経をあげて頂くのは良くない事でしょうか?

2019年6月11日 19:23

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

供養とは一体なんなんでしょうね?

凱斗ままさん、こんばんは。
ご質問拝見いたしました。

子どもが親より先に命を終えていくことほど辛いことはないですね。
またお子さまを授かりたいと願う気持ちもよくわかります。

私自身は、第一子となるはずだった子どもがお腹の中で息を引き取りました。
そして第三子、第四子となる子どももお腹の中で息を引き取りました。

私は、お腹の中に命が授かれば、十月十日もすれば元気に生まれてくるものだとばかり思っていたのですが、その思いは見事に打ち砕かれました。
幸いにも二人の子どもに恵まれましたが、その子たちも生まれてくるまでは心配でなりませんでした。それだけ命が誕生するということは当たり前ではないということです。

その事を気づかせてくれたのが、生まれてくることができなかった3人の名もなき子どもたちでした。私にとってはかけがえのない子どもたちです。

供養ということは、もともと「敬う」、「大切にする」という意味が含まれています。大切にすることによって、生きて行く私たちが養われて(育てられて)行くことだと私は解釈しています。

つまり、私は生まれてくることができなかったその子どもたちのこと、老若男女を問わず亡くなられた人のことを決して「忘れない」「なかったことにしない」ということをみんなに伝えていきたいのです。それが私が思う供養です。「お経をあげたら終わり」ではなく、「忘れない」ということです。

もちろん今は悲しみにくれ「忘れられるわけがない」とお思いでしょうが、お経をあげていただくことだけが供養なのか、子どもが授かればお礼参りに行くのか、その辺りのことも、ご主人とよくよく話し合われて、本当に大切なことを見失わないでいただきたいと願うばかりです。

一つのご参考になればと、ご返答させていただきました。

2019年6月12日 1:33
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有り難し
おきもち

私は、浄土真宗の僧侶です。僧侶ではありますが、浄土真宗の教えをバックグラウ...

質問者からのお礼

とても心優しいお言葉をありがとうございます。
お経をあげる事が全てではないのですね…49日を終えてからお骨と会話をしても意味があるのか不安でした。お経をあげていただかないと仏になった息子と会話出来ない気がして…
でも気持ちの問題なのですね。
心が軽くなりました。
実は49日はお経をあげていただいてなくて、息子が天国で幸せになれないんじゃないかと思い宗教問わず子宝祈願の旅行先のお寺で息子の分のお経をあげていただきました。亡くなっても親として出来る事はなんでもしてあげたくて。それが今回はお経をあげて頂くことでした。
これからはお経を上げることだけにとらわれず、息子に最大限の愛情を夫婦で注いであげたいと思います。

「供養全般」問答一覧

直接知らない方のお位牌のご供養や保管

高齢の祖父と相談が難しいため、お力添えをお願い致します。 祖父には、昭和初期に亡くなった奥様がいらっしゃいます。奥様の故郷やご遺族の連絡先もわかりません。 複雑で、分かりづらい説明になることをご容赦ください。 先日引越しにあたり、その奥様(以下、先妻とします)のお位牌が出てきました。 私の母(祖父の後妻(私の祖母で既に亡くなっています)の娘)は、祖父方の親戚に辛くあたられていた過去があり、その中には先妻を理由とした苦しみもあったそうです。 ですので、母はあまりお位牌を手元に置きたくない(置いていても大切にできる気がしない)ということで、私の手元にやってきました。 先妻の方には息子(母の腹違いの兄)が一人いるそうですが、そちらも行方しれずで私も探すことができません。 機会があるとすれば、祖父が亡くなる時に戸籍等を辿って連絡できるかもしれない…程度ののぞみです。 そこで顔も知らない私ですが、若くして苦労なさり亡くなった先妻さまのお位牌を見ると不思議と涙が出て、大切に供養したいと思うのです。 当然ながら、先妻の息子さんが見つかればお渡ししようと思っております。 それまでの期間、私のような縁もゆかりも無い人間が仏壇もない自宅に安置してお位牌に手を合わせるのは良いことなのでしょうか。 もしかしたら先妻の息子さんもかなり苦労なさったそうなので断られるやもしれません。 そうなれば、どこかお寺さんに相談して供養をお願いしようと思います。 長くなりましたが、ご意見を頂きたいのは、これからの数年先妻さまのお位牌を私が預かって手を合わせることは良いことなのか。 それから最終的に、宗派もわからず檀家でもないお位牌をお寺さんに供養して頂くことができるのか、ということです。 非常にわかりづらい内容ですし私の独りよがりな考えです。 どのようなお叱りでも構いません。お坊様方のご意見をお願い致します。

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