自業自得で後悔しました
こんばんは24歳フリーター です。
数ヶ月前までサラリーマンをやっておりました。自分にあった職で先輩にも恵まれ、とてもよい環境でした。
当日の私は順調に社会人になれたこともあり、調子にノリ、職場で上司に失言したり、常識のなってないことをしてました。
挙げ句の果てには仕事が嫌で無断欠勤に遅刻を度々繰り返し、自分は悪くないと正当化しておりました。当てもないのに仕事を辞め、障害者と偽り友人からお金を借りて、居候の身です。
自分の身勝手で職を失い、友人を騙し、自分の部屋も財産も失い、毎日後悔ばかりしています。
元々頑固な父親があまり好きではなく、言うことを無視して人のせいにしたり環境のせいにしたりする癖があり、それが今回裏目にでたんだと思います。
なにもかもを失い、絶望と後悔ばかりです。自業自得で因果応報なのは承知です。でももうどうすればいいか、これからどう考えていけばいいか、失ったものが自分にとってあまりにも多く、自業自得で周りにもあまり言えず中々立ち直れません...
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最悪の日々からも学びの機会です
たいへんな状況のなかにおいでですね。でも、最悪の日々を送った経験を生かしておられる方も世の中にはたくさんいらっしゃいます。絶望しないことです。
私は去年の今頃から、大石順教という尼僧のことを題材にしてよくお話をしています。義理のお父さんに両腕を斬られ、文字通りいわれのない差別を受けながら口で文字を書くことを思いつかれ、十九歳から文字を習いはじめます(小学校に言っていなかったため)。二十歳から書道と国文学を真言宗のお坊さんに習います。しかし、ご家族で経営していたお店は借財を抱えて閉店します。二十四歳で日本画家と結婚し二児を設けますが、夫がお手伝いに頼んでいた親類の娘さんと不倫し離婚します。しかし、その間、絵を学んだため、これが書とともにご自身と二人のお子さんの生計を立てる方途となりました。銀座の百貨店で個展を開く寸前に関東大震災に罹災し全てを失いますが、落ち込むことなく、障碍者福祉の道に入るきっかけします。四十五歳で出家し京都の勧修寺という大きなお寺の片隅に庵と障碍者福祉の家を建て、画業、僧侶、福祉活動の三つを並行して行い、八十歳で世を去りました。
どん底といえばどん底ばかりでしたが、その中から多くのものを学ばれ、自分だけでなく多くの人々を生かしておいでになった人生でした。
人間、みんな、辛い時や、惨めな時があります。だけど、そういう状況にあってもその中から学んでいくことも可能です。大丈夫です。若いのですから、いくらでもやり直しがききます。まず出来るところから一つひとつ行動していくことかと思います。