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宗教と言えども所詮、お金儲け

回答数回答 3
有り難し有り難し 42

神頼み、仏頼み…
手を合わせお願いをしても
所詮、宮司も僧侶も人間
それらは職業で有り
拝む対象は人間が造った物。

お賽銭だのお布施だの
お金を払わなければご利益が無い…と言う考え
何かを信じたくとも、
それぞれに教えが違う
信仰の仕方も違う

神がそんなに沢山居るもんか!

数ヶ月前に某キリスト教の牧師が言ったお祈りの言葉
『もしも神がおられるのなら…』
言ったとたん慌てて
『勿論 私は神がおられると信じてますが』と

本音が出たねって感じでした

所詮、金儲けだから

2019年11月5日 10:06

この問答を娑婆にも伝える
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

価値観は人それぞれ

価値観は人それぞれ違います。
皆がお金儲けのことしか考えていないわけではありません。
また、世の中にはお金に困っていない人もいます。
生活に困っていない人は、損得ぬきで宗教活動をできるのかもしれませんね。

2019年11月5日 12:57
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

心にとどめます

拝読させて頂きました。
生きる為にお金を稼ぐことは必要なことと思います。
ただお金儲けの為に活動している宗教者もいるかと思います。

とはいえ安心してこの世を生き抜いていく為や亡くなった後も安心することができるような神様や仏様や教えはありますし、私達は本当に必要としていると思います。
本当に信じるに値する教えであるのか、本当に信心を持った宗教者であるのか、そうでないのかはじっくりと聞きながらその姿勢を観察していれば自ずとわかってくるものです。

また宗教者に限らずに一般の方々の中でも本当にあつい信心を持って一生懸命に生きていらっしゃる方々もおられるのです。
もしもあなたがそのような真の信心を持った方々をご存知ないならばそれは未だ出会えていないだけなのです。
歴史上でも歴史に出ていない方々でも真の教えや信心を持ったあまたの方々がいらっしゃったことはあります。

あなたのおっしゃるようなお金にまみれてしまうような者に決してならないようにとこれからもずっと心に決めて真の信心を持ち精進して参りたいと強く思います。

ありがとうございます。至心合掌

2019年11月5日 14:11
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

捉え方は自由です。

おちびさんが、そのように思われるには、それなりの理由があったのでしょう。
たしかに、お金は付きまといます。それが娑婆世界ということです。
お坊さんも人間ですし、お寺も維持していかなくてはなりません。もちろん納税の義務も果たさなくてはなりません。そのような意味では平等です。
職業欄にも、坊主と書きますから、その通りですね。

ただ、お布施さえ払えば救われるとは思っていません。むしろ人生を好転させるのは、ご本人次第ですから、その応援はします。
どんな職種でも、いろんな考え方の人がいるということで、お坊さん(宗教)の世界も同じです。又、それをどのように捉えるかも様々だということです。

2019年11月5日 19:48
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有り難し
おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

質問者からのお礼

お返事をくださった先生方、ありがとうございます。
今日、休みでしたので他の方の質問や 
そのお返事を読ませて頂き、
自身の考えが愚かで有る事に気付きました。
過去にも何度も何度も反省し
少しでも短所を改めるようにと思いつつ
一歩進んでは何歩も後退りしているようです。
もう若くは無いですし、年来相応の大人になれるように努力します。

「宗教について」問答一覧

神様に関する領域の石を持ち帰ってしまい

仏教とは異なる宗教のお話をしてしまい申し訳ございません。 もう半年以上前に、自宅から遠くの、日本でもない、神様に関する領域(わざと遠回りな言い方をさせていただいております)を観光で訪れた際、つい地面の石を持ち帰ってしまいました。その後、そういったことはするべきではないと知りました。その日から今日まで、私は良いことも好ましくないことも経験しましたが、決してその石が私を悪いようにしているとは考えておりません。しかし、石を持ち帰ったことは咎められるべきことだと知った今、私はその石とお別れしたく、その石には別の場所へ行っていただきたく考えております。 一番良いのは同じ場所にお戻しすることですが、現状どうしてもそれはできません。そこで、本日流水と太陽光でその石を清め、明日(どうしても日が沈む頃の時間になってしまいますが)家から行ける距離の海にお返ししようと考えているのですが、このやり方は実行しても大丈夫なのでしょうか。「大丈夫なのでしょうか」とはその行いのせいで災いが齎されることはありませんかという意味です。 宗派が異なることは承知の上ですが、どうかご回答をいただきたく存じます。

有り難し有り難し 16
回答数回答 2

他の宗教を学ぶという事

私は…スピリチュアル的な物(パワーストーンとか占い)にハマった→流行りの御朱印集めにハマった→神社とお寺の参拝にハマった(その過程で神様や仏様と摩可不思議過ぎるご縁を頂きました!)→現在、神道と仏教の知識(書籍やネットが主)を学んでいるといったプロセスを踏んでいる者ですが… そんな私が「イスラム教」や「キリスト教」など世界の宗教を“なんとなく書籍やネットで学んで”良いのか…“仏教のお坊さんに”教えて欲しいです 何でそんな事聞くかと言うと…うまく説明出来ないのですが “神道の神様や仏教の仏様”に「こいつ異国の宗教に浮気しやがったな!?」って思われたり「こいつが我々に抱く信仰心はこんなものなのか…」って思われないか…どうか ちなみに何故私が日本にあまり馴染み無い宗教を学ぼうと発想したかと言うと単に他国の神の考え方捉え方を知りたくなった…それと 【高次元の存在は確かに存在するのだろうが、仏教神道といった宗教という人間の作った1つ2つの枠組みには捉えきれないものであろう、より多くの宗教(高次元の存在の考え方)を学べば、より高次元の存在と近しくなれるのではないか?詳しくそれらの存在を定義が出来るのではないか?そもそもその宗教に高次元の存在はいるのか】と発想がふと浮かんだからです こういったある種の実験(?)または知識欲の充実を図りたいのですが…どのような結果が付きまとうのか不安なんです “影響されやすい自分”が新たな知識や信仰を得てどのように仏教と神道を見直すか、場合によってはどのような報い(天罰とか仏罰)を受けるのかとか… あまりこんな事言うべきじゃないと思うのですが宗教は教義の違いからともすれば互いを否定しがちですもんね 私はそもそもお坊さんではないし在家信者の定義にも当てはまらない只の“神道仏教ファン”に分類されると思うので失礼は承知なのですが… 恐らくお坊さんの中には私と同じ事を発想された方がいらっしゃるのでないかな?と もしかしたら私のようにビビってまごついてる前に実践された方もいらっしゃるのでないかな?と思って質問させてもらいました どうか回答お願いします

有り難し有り難し 24
回答数回答 2

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