違う宗教、宗派の方へのお参り
お坊様方が違う宗教、宗派の故人へのお参りをする際の方法について質問です。
職業柄、多くのご遺体と接してきました。
自分の仕事を全うし、最後には手を合わせ
「安らかにおやすみください」
と心の中で思っていました。
外国の方で熱心なキリスト教徒の方が亡くなった場合は手を合わせる仏教的なことは控えた方が良いのでしょうか。
私は一番大切なのは故人に敬意を払い、ご遺族に配慮することであると思っています。
見よう見まねでその宗教の作法に従うか、慣れている作法で行うべきなのか。
お坊様方が他宗教他宗派の方の葬儀に参加される際はどのようにされていらっしゃるのでしょうか。
職業柄、人の悪い部分ばかり見ています それでも人の良い部分を見て救われることもあります。 自分が正しいと思った事は実行するが、結果的に人を傷つけてしまったときは本当に正しかったのかと問う生活です。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お辞儀はについて
宗派、宗教によって作法は違いますが、
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など、人間同士のお辞儀は避けられることがあるにせよ、
絶対的創造主である、「神」に対しては、その敬意うぃ表す方法として、
お辞儀があります。キリスト教の場合、信者の方は、お辞儀と十字を切るというのが作法ですね。
あなた様がおっしゃるように、亡くなった方に敬意を払うのと、ご遺族に対する配慮をされる。
というのは、非常に大事なことだと思います。
私は、仏教系の場合、合掌・礼拝、神道は、礼拝のみ、献花があれば献花、
他宗教の場合は、ゆっくと丁寧なお辞儀に留めています。
お辞儀であれば無難との考えからです。
仏教において、右手は仏で清らかなもので知恵を、左手は自分自身で、不浄ですが行動力の象徴と考えられています。両手を合わせることで、仏と一体になることや仏への帰依を示すとされています。 他人に向かって合掌をすることは、その者への深い尊敬の念を表すことになります。
日本で行われる限りは、郷に入っては郷に従えといいますから、最大限の敬意を払っているものと、
外国の方からも理解されると思いますよ。
東日本の震災時、自衛隊や警察の方は、ご遺体に、一礼するか、合掌されていましたよね。
ご遺体に最大限敬意を払った行動と、世界のマスコミから評価されたと思いますが、いかがでしょうか?
私の父もあなた様と同業で、奉職40年今は引退していますが、遠い昔、
伊勢湾台風の時に、東京から応援で出動し、ご遺骸に深い哀悼と敬意を払って、
対応したことを聞かされたのを、思い出しました。私が子供の頃です。
今の気持ちを大切されて終生お勤めされたら、よろしいのではないでしょうか。
あなた様のご健勝をお祈りいたします。
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございます。
新人の頃は一生懸命で特に気にしていなかったのですが中堅、ベテランと言われる年齢になり惰性で接していないだろうか、今までやっていたことはこれでよかったのだろうかと考えるようになりました。
亡くなることは一生に一度しかないことですので外国の方の際にはお辞儀でお見送りをしようと思います。
ありがとうございました。