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中絶後の生き方について

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数年前、夫との間の3番目の子を中絶しました。
最初は産みたいと夫や実母に伝えました。
実母は両親と兄一家で同居をしている実家近くまで引っ越してくるのであれば手伝うと言ってくれましたが、夫はローンの為に自宅売却を拒否、ふざけるなと言われてしまいました。

その後、夫も産もうと言ってきましたが、引っ越しも家事育児の協力も無理だと拒絶されてしまい、意見を変えてくれませんでした。
上の子供が3歳、1歳と小さく、まだ歩けなかった下の子を抱えて自宅内階段の登り降りが困難な事、つわりで下の子の食事を与える事が困難な事、上の子の育児で悩み各所に相談していた事、3人目を夫婦共に望んでいなかった事、保育園が決まり育休から復帰直前であった事、上の子の妊娠中から夫が無断で飲みに行くようになり、改善してくれない事、夫が障害者であり、いつまで働けるか分からない事、何よりも夫からの言葉に傷つき、不眠状態が続き精神的に参り、中絶してしまいました。
直前まで悩み、産みたいという気持ちはあったのですが、手術前日に夫が無断で飲みに行き、話も出来なかったのが決定打で、この人との間にこれ以上子供を設けられないと思ってしまいました。
避妊に協力してくれず、授乳中で自ら避妊が出来なかった為、妊娠をしました。

だらだらと上に書きましたが、全ては言い訳です。

我が子の命を母親である私が絶ってしまった事を毎日後悔しています。
後悔も覚悟の上で諦めたのですが、事実の大きさを受け止めきれずにいます。
きっと大変ですが、可愛いかっただろうと思います。

その後、どうしてももう1人と望んでしまい、新たに4番目の子がいます。あの子がいれば1歳差でした。
まだ幼い4番目の子の世話をしていると、この子は産めたのに何故あの子を産まなかったのかと辛い気持ちになります。
また、3番目の子を産みたいと伝えた時の夫の態度を思い出しては憎しみが湧きます。
先日夫が持病の手術をしましたが、心配する感情が湧かず、愛情が枯れ果てたのを感じました。

私はこれからどう生きていけば良いのでしょうか。
金銭的に夫と離婚する事は難しいです。
前向きに子供3人を育てなければいけない事は分かっていますが、気持ちが追いつきません。 夫の事も愛せません。
何もかも忘れて死んでしまいたくなります。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

縁の中で

ご相談拝読しました。

まずもって、あなたはダメな母親なんかではありません。立派な母親です。ご主人の協力が思う様に得られず、夫婦関係も思わしくない中、三人のお子様を懸命に育てています。
それに中絶の判断に至ったお子様についても最後の最後まで産みたいという気持ちとの間で葛藤し続けたのでしょう。理想を言えば産むめたのかもしれません…でもそうはならない現実があるのがこの人間社会の悲しく恐ろしく厳しいところなのでしょう。

さて、現在は何もかも忘れて死んでしまいたいほど追い詰められているとのこと。大変心配です。三人のお子様を育てるという時間的・体力的・金銭的な面の負担もあるのでしょうが、今一番大きいのは夫婦関係のことでしょうか。
本来であれば中絶の重みと悲しみを共に受け止めていくべき存在であるご主人とそのような関係が開かれていないことが何よりも精神的負担となっているのでしょうね。

ここからどうすべきか…ですが、やはり夫婦で話し合うということに尽きるのでしょう。そしてそれが叶わないならば、何らかの実力行使にでるということも考えられます。命を捨ててしまいたくなるほど追い詰められているのであれば、命を守るためにも一旦児童相談所などの力を借りるという手段もあるでしょう。
一番いけないのはあなたが我慢すればいいと一人で頑張ってしまうことです。それでは心が壊れてしまい、結果的にお子様たちにも大きな影響となってしまうでしょう。
「このままではいけない」という現状をご主人にも認識してもらうための出来る限りの方途をとりましょう。

そして中絶についての後悔についてはここhasunohaでも継続してご相談ください。何度も何度も後悔の気持ちを綴ってくださった相談者様もこれまでに沢山おられます。
あなたは全ては言い訳とおっしゃりますがそんなことはありません。ひとつひとつの要素は縁です。縁とは条件や環境です。私たちがくだす決断は縁の中で紡ぎ出されるものです。その時はそのように判断するしかない縁の中にいたということです。
その時はけして投げ出したわけではなく、出来る限りのことを全て考えに考え抜いた自分の縁を認めてあげましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

このような人間にご回答頂き、ありがとうございます。
何度も何度も読ませて頂きました。
命を絶えさせてしまった私が生きていていいのか、このまま生活していてよいのか分かりませんが、あの時の自分の判断を悔やんで責めてばかりいてはいけないですよね。
子供達の為に、あの子の為に少しずつ前を向いていけたらと思います。
本当にありがとうございました。

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