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嫌われものとしての生き方から抜け出せない。

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はじめまして。
嫌われものとしての生き方から抜け出せなくて悩んでいます。

私は物心ついたときから、周りに対して敵対心が強く、友達に対して意地悪をしたり、自分でも気づかないうちに嫌われるようなことをしてきました。大人になっても、人とうまく関われず、誤解されやすく、今まで出会ってきた95%くらいの人に私は嫌われたり、よく思われていないと思います。

子供の頃学年ほぼ全員に嫌われ、同級生の親からもよく思われていなかった時から。
私は嫌われものとして生きてきました。

大人になって、親しいともだちや、会社ではうまく溶け込める場合もありますが。

どこにいても私はまるで前科もののように、ビクビクしています。

昔のように私は、嫌われものとして、いつも他人から責められるような気がしています。

自分は嫌われものと思って、ビクビクしている方が、自分を守れるのかも知れません。

私は過去の自分の他人を傷つけたという罪とどう向き合っていけばいいのでしょうか。

また、嫌われものとしていつもビクビクしている生き方をやめたいのですが、なかなか癖になっていて抜けません。

どうしたらいいのでしょうか。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

弱い犬ほどよく吠える。

いきなり、タイトルを見て気分を害されたかもしれません。その点については、お詫びいたします。

ご質問にありました「私は物心ついたときから、周りに対して敵対心が強く、友達に対して意地悪をしたり、自分でも気づかないうちに嫌われるようなことをしてきました。」という文面を読んだ時に、もしかしたら、ゆあさん自身が自分の弱さを隠すために強かっていらしたのかなと思ったのです。だからあのようなタイトルをつけました。

私は、宗教に自ら関心を持つようになってから、様々な人や言葉に出会いました。その中で現在では「人は、自分自身の弱さを受け入れた人ほど強い」と思うようになりました。病気をして、健康のありがたさを知るようなものです。

しかし、これは容易なことではありません。
「自分の弱さをさらけ出して、ありのままの姿を生きる」ということなのです。
みんながみんな、同じように考えていたらいいんですけれども現実社会ではそうはいかない。
それでもそういう世界があるということを信じること、信じて生きた人がいたことを学んでいくのが宗教ではないかなと思っています。

自分を作らず、ありのままで生きることができたら、楽だとは思いませんか?
「ごめんなさい」と「ありがとう」を素直に言える世界。

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有り難し
おきもち

私は、浄土真宗の僧侶です。僧侶ではありますが、浄土真宗の教えをバックグラウ...
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質問者からのお礼

ありがとうございます。
そうです。おっしゃる通りです。
私は昔からプライドが人一倍高く、自分の弱い心を人に見られるのが大キライでした。

トラブルの大半が、弱さを悟られないため。
人に助けてほしいって言えない。
自分の落ち度を認められない、
自分の心の弱さをさらすのが嫌だったのが原因です。

人に弱さを見つけられるのが嫌で、私はずっと周りを威嚇していました。

ずっと刀を構えている状態でした。

自分の弱さを、ダメな部分を受け入れるのが大事なんですね。

ありのままで生きていきたいです。

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