罪悪感を前向きにとらえて生きて行けますか
母を亡くして、寂しく悲しい毎日で、母の死以外の事まで、いろいろ考えてしまい、誰にも言えず、ずっと心の片隅に、持っていた事も、湧き出てしまい、助けていただきたく、ご相談させていただきました。
3年ほど前に、お隣の70代の一人暮らしのおばさんが、亡くなられました。普通に、お出かけや、お家の事も自分でされていました。
その日、私は、お隣の家のお風呂場の電気が、夜中の2時過ぎに点いたままで、「おばちゃん、電気消し忘れてるわ」と、思って、そのまま寝てしまいました。
次の朝、お隣のおばさんの妹さんが、電話しても出ないからと、来られたら、おばさんがお風呂場で倒れて亡くなられたそうです。
もし、夜中の2時過ぎに電気が見えた時に、行っていれば、まだ、生きておられたかも。一人で亡くなる事は、なかったかも。
明かりが見えた時に、「消し忘れているだけよね。」と、大丈夫な方に思った自分がいたかもしれない。と思うと、もう、どうしようもない罪悪感で苦しくなります。
亡くなった父母や、主人との楽しかった事や、嬉しかった事が、一杯あったのに、今は、父ともっと、お喋りしてたらよかった。夫に、冷たい事をしたかも。母に、あんな言い方しなかったらよかった。と、もっといろんな罪悪感ばかりが、湧き出てしまって、楽しかった思い出を、懐かしむ事もできなくなっている時に、お隣のおばさんの事を思い出し、悲しくなります。
母が亡くなる前の、いろんな事をするのが楽しかった頃の私に戻りたいです。
お隣のおばさんの事も、昔あんな事があったねえ。と、たまに思い出します。でも、亡くなられた時の事を思うと、やっぱり、自分が、楽になる考え方をするのも、許されないと思いますが、少しだけでも、前向きになれるお考えをいただけましたら幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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思いやりや優しさを自分にも他人にも向けていくこと
かや 様 相談ありがとうございます。
お亡くなりになられた方の思いでで、後悔や罪悪感を抱えているようですね。
でも、その後悔や罪悪感が働く機能がないと、家族や他人と、優しく思いやりのあるお付き合いができないはずです。繋がりや絆も感じにくくなります。
なので後悔や罪悪感は持っていてもいいのです。ただそこから、自分を責めるとか、自分を楽になるだけの考えしか持たないなどの自己批判をストップしましょう。
自分をフラットに眺めるようにしてみましょう。後悔もあれば未来への楽しみも持てるし、罪悪感もあるけど、しっかり人を助けることもできるし、支えることもできる。と自分を眺めてみましょう。
人間は沢山の部分があるのです。善いところも悪いところあります。それが人間です。苦しく辛い時もあれば楽しく明るい時もあります。
その中で、やはり少しでも心地よく、生きるとしたら、自分をフラットに眺めて、思いやりや優しさ、愛情を、自分にも他人にも向けていくことだと思います。
あたたかい心持が、他人に伝わるとき、その人も温かくなり優しくなり笑顔を返してくれます。それはいま生きている人だけに限らず、先に旅立ってしまった家族やご先祖、また近隣の人へも、その優しく温かい心を伝えたら、その方たちも微笑んで優しくいられることがイメージ出来て、自分の心もまた温かくなります。
思いやりや優しさを自分にも他人にも、そしてご先祖にも向けることを意識してみてくださいね。仏教では「慈悲」という言葉がありますが、それが慈悲の実践になっていきます。
優しい自分を意識してみてくださいね。一礼
追伸:早速に、お礼メッセージありがとうございました。思いやりや慈しみの気持ちは育てることができます。もしよろしければ、お寺の瞑想会にでもご参加ください。宗派問いませんし、檀家でなくても参加できますので。この度のご縁に感謝申し上げます。一礼
質問者からのお礼
お隣のおばさんの亡くなられた時の事に、罪悪感を持ったのは、その人を思う気持ちがあったからなんですね。
釋様からの、『苦しく辛い時もある中でも、思いやりや優しさ愛情を、自分や他人に向けて行くこと。あたたかい心持ちが他人に伝わる時、その人も、暖かくなり、優しくなり笑顔を返してくれます』と、いう、お言葉で、ふと、母が亡くなった時に、親類が「お母さんは、若い頃から、すごく苦労したから、あんなに人一倍気遣いができて、皆に優しく愛に溢れていたよ」と、言ってもらったのを思い出し、母に辛かった過去があったが、その後の人生で、周りの人や、私達に、たくさん優しさをくれて、皆を笑顔にしてくれてたんだと思いました。
私も、その母の血が通っているのだから、(まだ、母が亡くなった喪失感や後悔は、続くと思いますが)いつまでも、いろんな事の後悔や罪悪感ばかりを、くよくよ引きづらないで、穏やかで、気遣いのできる優しさで、亡くなった家族や知人、周りの人や、自分にも、自然に癒して行けるように、1歩1歩進んで行きます。
釋様のお寺が、すぐ近くとわかり、驚きと共に、そばでお話をしていただいている様に感じました。
ほんとうに、ありがとうございました。
ありがとうございます。
今までのご縁、これからのご縁、すべてに意識を持って生きて行けるように、心を、穏やかに持って、まず自分の心を暖かくしていきたいと思います。