混乱ばかりです
はじめまして。
不快になられたら申し訳ありません。
端折ってお話をさせて頂きます。
ある日、駆け込んだ病院で PTSDと診断され、その後、鬱も診断され、労災も求めてきました。
私には止まったままに感じる長い月日も、周りはそうではありません。
応援すると言ってくれていた子供達(社会人娘、大学院生息子)も徐々に、病気を治せない私に、苛立つ様になりました。息子は大学中盤から周りを見下す言動が始まりました。
優しい母だけでありたいという葛藤は常にありながら、十数年、働きながら生活を維持し、2人分の心身を育てていくには、父7母3でいる事でしか自分を奮い立たせられませんでした。私の弱さです。
2年前から息子は転んだ私を見ても無視したり、 病気で大声が辛い私に、やめてと諭しても、大声を出し、反応を見て笑ったり、暴力を振るう様になりました。あらゆる苛立ちをぶつけていたのでしょう。私には力がなくなっていました。医師にも何度か相談しましたが、聞き流されました。発達障がいの疑念が息子には幼少からありましたが、悩んでいるうちに診察の機会を逃し、今に至ります。
暴力から私は脚の股関節も傷めました。息子はこれ以上続けるなら警察に話すという私に激昂し、家具を投げ暴れ、包丁で抵抗をした私を置いて家を出、翌朝「お母さんが包丁を振り回している」と息子から通報があったと警察が大勢来られ、頭が混乱しました。
弁護士も駆けつけ、息子の暴れた跡等も見て頂き、本当は何がおきたのか理解頂きましたが、対人恐怖の私には恐怖、混乱でした。
息子は反省する、被害届は出さないでと謝罪もしましたが、私が迷ううち、法学を学ぶ息子は専門用語でまくしたて、最後は病人の話は誰も信じないと笑い、大学院へ去りました。
子供達に親として教えきれず、自責、虚無、感情が渦巻きます。以後、音信不通です。
労災意義、苦しみ生きる意味も見いだせなくなりました。
医師から入院を言われましたが、入院先や期間、何もわからないまま入院は決められないも、医師は入院の一点張りで話もできず数ヶ月薬もありません。人への不信感、孤立し、周りから死ぬのを待たれている気持ちに覆われ、心身が硬直した感じです。
死にきれない自分への嫌悪、犬への申し訳ない思い。消えたいまま、1秒1秒の地獄から動く事もできなくなりました。
質問になっておらず、申し訳ございません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
治療だけでない、こうして誰かと繋がったり話せる場がね。
プロフィールも読ませてもらいました。
行き場のない想いを抱えられ、お子さんからも虐げられ、悲しいですよね。
鬱は、どうしても気持ちを前向きにさせてくれず、なかなか抜け出せなくて、しんどいですね。あなたが一番苦しんでこられたのですもの。子どもさんのことは、あなたのせいじゃないですよ。生きてきた中で見えてきた周りの環境や価値観の影響で、あなたを責めるしかないのだろうね。
今は、距離も大事なのかもしれません。
家族が相手(子が親を)を思いやるには、今は距離が必要なのだろうと思います。
お一人で、ここまで必死で育ててこられたのです。あなたは、よく頑張ってこられたわ。
これからは、自分を休めて甘やかせていけばいいのですよ。自分のために生きていけばいい。
それでも、しんどい時は、繋がりましょう。こうやってハスノハもありますし、気分が安定しているときは、お寺にもお越しください。
知らない場所も、訪ねると息抜きになりますよ。誰かと話すと、気持ちの持ちようにも変化も起こります。
治療や入院だけと思わずに、こうして誰かと繋がったり話せる場が、あなたには必要なのじゃないかなと思います。
そんなときは一緒に話をしましょう(﹡´◡`﹡ )
質問者からのお礼
中田三恵様
この度は大切なお時間の中、返信を頂きまして、ありがとうございました。
質問も、文章を作るのに二日かかりました。
数日前までの2年程は、自分でも驚くほど動けなくなり、日々の出来事の積み重ねや、心の有りようで、自分の心身であっても、動かせなくなるのだと痛感致しました。
いくつもの家事や仕事を同時にできていた私はもう居ないのだと思いながらも、自分への嫌悪感を拭えませんでした。
中田様の回答を拝見し、「ホッとした」気持ちが大きく、涙が止まりませんでした。
人それぞれだとは思いますが、メンタルの病にかかると、自力、他力共に孤立していくのだと思います。
私自身、以前は悩み事なんてないでしょうと周りから言われてきました。
それが診断後からは、精一杯日々を送っていても、以前とは少しずつ変わっていく私に家族も苛立ち、私もそれを見き聞するのが辛くなり、友人も苛立たせてしまうかもしれないと、連絡をとらなくなりました。
友人に限らず、メンタルの病と知ると、引いたりされる方も多くいらっしゃり、仕方がないと諦めながらも、息子に言われた「鬱等の病気の人間の話は誰もまともに聞かない」という言葉が上司が言っていた「精神的病気になれば人間終わり」という言葉がセットになり、自分で呪いの様になっていました。
質問をした日は、前日にプロフィールを書くにも1日かかり、書いているうちに辛くなってしまい、自死しようと思っていました。
生きている事が犬のためにも良くないと思いました。
最後に、誰かに声が届くかもしれないと、最期の期待をしてしまったのです。
中田様が回答を下さる際には、おそらく、私のみならず他方への御配慮を頂き、お言葉を選んで、暖かく明るく返信下さったのだろうと伝わり、本当に有難い気持ちでいっぱいです。
過去、自分のために生きればと、周りからも言われた事も幾度かありましたが、自分の育った経緯もあり、自分の事のみに集中して生きる事が、物心がついてからはほぼできずに生きてきました。
病後、味覚もなくなり、対人恐怖、公共の乗り物も乗れなくなりました。
今は毎日とれていない食事等、生活の基本から始めなければなりません。
ですが、ハスノハを拝見し、大勢の方々の問答や中田様からの返信を拝読し、「生きる苦しみは私だけではないのだ」と、少し思える様になりました。
毎日謝っていた犬には「ありがとう」にかえて毎日言う事、一人きりと思わない事からはじめ、仏教の教えも少しずつ知っていきたいと思います。
様々な感情は今は距離を置いておき、自身が今を生きられるようにしながら、少しずつ、自他の気持ち、反省と繋げていけたらと思います。
2年、この様な状態だった為、本当に少しずつ、一進二退であっても、お言葉を読み返しながらはじめてみます。
質問前には、中田様の問答も沢山拝見していました。
またハスノハに書き込む勇気が出ましたら、少しずつお話してみます。
中田様、本当にありがとうございました。