28年間、新興宗教に恨みを持ってます。
はじめまして。初めて相談します。
今回、新興宗教に対して激しい恨みを抱えています。成人する際、その新興宗教に対してSNSで汚い言葉を吐いたりしました。新興宗教に対して激しい恨みを抱えている為、新しい人生を送ることができずにいます。
新興宗教名は,頭文字だけ出すとSです。
初めて入会をしたのは祖母の代からの頃で、母、私(弟)と続いてます。祖母は今現在、祖母は膵臓癌の手術の後遺症があり、力作業ができない状況です。
私も例外ではなく、母から同級生の付き合いを制限されたこと、中学になってから暴力を伴ういじめを受けたこと、社会に出ても人と馴染めず、パワハラを受けたこともあります。
今まで逃げて居た現実からそろそろケジメをつけたくて、自分の中にある新興宗教の恨みを取りたいのですが、どうしたら良いかわからないです。
補足
私は広汎性発達障害を抱えている為、分かりやすく工夫するのが苦手です。母は発達障害の疑いがあり、弟もアスペルガーです。今現在は、東京の就労継続支援B型作業所(IT)に通っております。
あまり、宗教や神に対して良いイメージを持っておりません。その理由が新興宗教の影響です。 仏教もそこまで気が進まないと言う程度ですが、次に進むためには母方の宗教に対する恨みを打ち消さなければいけない状況に立たされています。
母方の新興宗教に対してものすごい恨みを持ってます。成人した際に新興宗教に対してSNSで誹謗中傷を隠れて行っていたこともあり、生まれた環境まで恨むようになりました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
避けて通る、という選択肢
こんにちは。
あなたがご家族と同居しているのか、一人暮らしかなどの背景がわかりませんが、できるところで回答します。
あなたが「母から同級生の付き合いを制限されたこと、中学になってから暴力を伴ういじめを受けたこと、社会に出ても人と馴染めず、パワハラを受けた」という一連の負の連鎖について、あなたの「恨み」があることは理解できます。
当然、友人との「付き合いを制限された」ならばコミュニケーションのとり方や、信頼関係の醸成の道筋などに経験不足を招く。人とうまく関われないから孤立しがちにもなり「いじめ」にも遭った。人間不信にもなって「社会に出ても人と馴染めず」という一連の連鎖です。
ただ、私にとって判然としないのはその匿名の「新興宗教」の教義によって、あなたのお母さんは「同級生の付き合いを制限」したのか、それとも教義の曲解あるいはお母さんの元々の性格、考え方、教育方針というお母さん発の問題なのか、ということです。
これは、「宗教」の問題なのか。
それともお母さん(或いはお祖母ちゃん)との問題なのか、ということです。
これを本当に解明するには、あなたがその「新興宗教」の教義を一定程度理解し、お母さんの理解がその教義に照らし合わせて妥当かを判別する試みをしなければならない。
しかし、こんな営みを今のあなたはしたいでしょうか。
「新興宗教に対して激しい恨み」の起源を徹底的に深堀りしなければ、「新しい人生を送ることができ」ないのでしょうか。
そんなことは無いと思います。
自分はあの「新興宗教」とは縁を持たない。
お母さんとは違う価値観で生きていく。
それで十分ではないですか。
あなたが、現在社会人として働いているならば、一人暮らしをして精神的に解放された日常を送ろうと思えばできると思います。このために、初めにあなたは一人暮らしをしているのかどうか、と尋ねました。
問題は、必ずしも正面から解決しなければならないのではありません。
避けて通る。
これも大切な選択肢の一つです。
中立的に仏教の基本を学ばれていくことから
ウィンさま
真なるウィン(勝利)は、己自身に克つことです。
その新興宗教は仏教ではないかもしれませんが、仏教は特にそうならないといけないものとなります。
「自灯明 法灯明」
自分自身が、仏法を頼りとして、無明・煩悩・業を対治し、より善くに調えていくことが必要となります。
恨みは煩悩であり、もちろん良くありません。
いかに恨みを無くしていくべきであるのか、煩悩をどう克服していくべきであるのか、無明をいかに対治していくべきであるのか、業をより善くにどう調えていくべきであるのか、是非、仏教から学び修して頂けましたら有り難くになります。
まずは中立的に仏教の基本を学ばれていくことから。
仏教の一番基本的な教えは、四つの聖なる真理、四聖諦となります。
苦諦・集諦・滅諦・道諦。
このことから是非。分からないことがあれば、このhasunohaにご質問下さい。
川口英俊 合掌
慈悲の心を起動
恨み・怒りの反対は慈悲です。
慈悲の心が発動しているときは、恨みがストップするはずです。
新興宗教を信じている人々にも何らかの苦しみがあり、新興宗教にすがりたい背景があったのでしょう。
だから仕方ない。
彼らも幸せになれますようにと願って慈悲の心を起動しましょう。
彼らも来世ではまともな仏教に出会えますように、みんなもれなく仏様に救われますようにと願いましょう。
質問者からのお礼
御三方、コメントありがとうございます。自分でも原因を調べてましたが、今日やっと恨みの正体が判明したのと、判明したことで自分の今までの行動と思考が読み取れました。発達障害の特性をうまくコントロール出来ず、発達障害の特性の暴走が今までの恨みの根源となっていた事に繋がっていたことに驚愕を覚えました。
願誉浄史様のお言葉を借りますと、特性のコントロールが慈悲の心に繋がるかもしれません。助言ありがとうございました。