家族の信仰との折り合い
私は結婚しているのですがパートナーは神道系の民間信仰に出会い、そこにすがっていてます。「私も一緒に同じ教えで歩んでほしい。そうすれば先祖も家族も早く救われる」と話しをしてきます。そこの教えは教祖の方が神様の声を聞いて伝える形をとっていて、先祖の因縁による影響等の話しや神様に背くと命をとられるとかの話しをするので、私にはしっくりこず、どちらかというと距離を置きたいと思っています。
自分の思いも伝えますが、話しがかみあわずです。「神様に逆らうと命をとられると言われていて、子どもの命がとられるかもしれないのに自分を守る発言ばかりで親ではないのか」と責められます。パートナーは 「私一人ではもう限界で私に一緒に信仰してほしい」と言ってくるのでしんどいと感じる時や言い争いになるときもあります。
またパートナーが泣きながら訴えてくるときもあるので自分が悪いことをしているような、素直に信じられないことがよくないのかと自分を責めたりすることもあります。パートナーとの関係を維持するために合わせたほうがいいのかと一瞬思ったり、でも心から信じてもいないのに合わせるのもどうかと思ったり迷っています。
また、妻が「最近神様に失礼なことをしてしまったからお詫びをしないといけない」と言っています。これも「私が逃げて向き合わないのが理由であり、お詫びをしないと、禊をくってお金が無駄に出ていき、家族に危ないことが起きるので、数十万用意してほしい。神社にお詫びを込めて奉納するとのことです。お金は働けば返せるが命は返らないので一刻も早く」と言われています。手元にお金がなく困ってローンを組むことにしました。
パートナーから「私といるから不幸になる」と言われ、私もパートナーと別れたほうがいいかと考えたり、一方で子どもは家族離ればなれになりたくないと言うので何とかお互いに折り合いをつけられないかと悩んでいます。
パートナーは私が家族の問題の要であると捉え責めてくるのに対して、私も萎縮してトラブルを避けるためパートナーの話しに沈黙をするか、受け流す形の対応になってしまい、余計に怒りをかうこともあります。パートナーは信じきって拠り所にしていて考えを変えるのは難しいので、私が思いを受けいれ、一緒にしたほうが楽かなと思ったりしてます。ただ自分の思いと違うことに抵抗する心もあります。
ご指導いただきますと有難いです。
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冷静に考えると、命を取られるというような教えが宗教なのか
冷静に考えると、こうしなければ災いが起きる、命を取られるというような教えが、幸せのための信仰なのでしょうか。
人の恐怖を煽り、脅していくようなはたらきが神仏の力だと言うのであれば、それば神仏の力を利用した愚かな人間によるマインドコントロールです。
妻さんは、目の前の夫や家族を見ようとせずに、不確かな信仰に心を操られているのではないでしょうか。
あなたが、一緒にしたほうが楽という理由で流されてしまっても、その先に家族の幸せが待っていないのは、あなたが一番承知でしょう。妻に合わせるだけのあなたが、一番納得出来ず、不満が溜まっていくだけ。借金が膨らむだけで不安を抱えたままになるだけですよ。怪しい、怖いなと思うところが宗教なはずはありません。
妻さんが聞く耳を持たないのであれば、両家のご両親にも相談してみましょう。なんとか、目を覚ましてもらわないと。
家族のことを思い、命を守るためには、妻さんの心身の健康と安全が一番なのですから。
質問者からのお礼
ご指導ありがとうございます。今しがた妻が入院しました。妻曰く私が同じ方向を向かないからこうなった。もっとひどいことになる。今すぐ謝ってきてほしいと言われました。妻の母はどちらかというとその人の話を聞くべきという立場で、私の両親は一時期妻に介入してもらいましたがうまくいかず妻と両親は関わりをたってしまいました。私も孤立してこれ以上妻に責められるのを耐えられなくなってきていて、辛くなりここに相談しました。話しを聞いていただきありがとうございます。安易に楽な道ににげてはいけませんね。妻が信仰する相手に私が会って自分の思いを伝えてみます。本当にありがとうございました。
昨日いろいろある中、さらに考えていく中で、私は今の現状を相手の責任にして自分は被害者という風に見ていました。ただ、よくよく考えると私が向き合わずに、スルーしていたからこそ、相手を追い詰めてしまったのかもしれません。自分は一方的な被害者でなく、もしかしたら自分は正しい、相手がおかしいという判断のもとで、相手も孤立させていたのかもしれません。お互い話し合うべきことを話し合わずに責め合っていた。そういう意味で今起きていることは起きるべくして起きたことであり、あるいみ自業自得であり、どのような形で納めるにしても自分ができることをまずしていく。相手をどうこうでなく、まず自分がどうすべきなのかを考えるべきかと思いました。「家族のことを思い、命を守るためには、妻さんの心身の健康と安全が一番なのですから」という言葉をいただき、自分が自分のことしか目をむいていないことに気が付きました。ありがとうございます。