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ペットが苦しんで突然死

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10歳のセキセイインコが突然痙攣し、苦しみながら亡くなりました。
もう高齢なのでそろそろ、とも思っていましたが、亡くなる直前までいつも通りご飯を食べて飛んでいました。
その後、私の腕で毛繕いをしていて、私はテレビを見ていたので、目を離していました。
突然叫んで落鳥し、痙攣していました。
手に乗せると、足や身体が反り返りあえいでいました。
「苦しい」「助けて」と言っているようで、でも何もできずに、数分後息をひきとりました。
もしも老衰だったとしても、何かが違えば、穏やかに逝かせることができたのではと考えてしまいます。
3月にパートナーのセキセイインコを亡くして、寂しそうな表情をすることがありました。
かかりつけの先生は、高齢なりの健康体だったから、と驚いていましたが、ストレスやいろんな要因が重なって急変することがある。とおっしゃっていました。
亡くなる日の昼間にくしゃみを数回したので、インコ用のヒーターを取り付けました。
その時に、ヒーターに驚いて飛び回りました。
水浴びで身体を冷やしてしまったこと、驚かせてしまったことが要因の1つとしたら、私は後悔してもしきれません。
3月に先に亡くなった子がいて、まだ立ち直れていないのに、さらにもう一羽苦しめてしまいました。
結婚と同時に飼いはじめて、10年間インコたちの生活に合わせて暮らしてきました。
高齢の子達に付き添えるように、早く帰れて、休んでも影響が少ないパートに変えたばかりです。
もちろん仕事に真面目に取り組みますが、やりたいことよりも、時間などを考慮して選んだので、せっかく採用してもらったのに意欲が湧きません。
今は友達と出かけることもできないし、気軽に会えるような友達もそまそもいないので、インコたちがいない家に帰るのがつらいです。
つい見てしまう場所に誰もいません。
3月に亡くなった子の事を、犬を飼っている職場の人に話したら、「そんなにペットばかりじゃなくて、子供をつくったらいいのに」と言われてしまいました。
妊活がうまくいかなかったことを知っている人です。
ペットの死の悲しさは、飼っている人にも理解されにくいのかな、と思い、今の悲しみを話す気持ちにもなれません。
苦しんだ様子ばかり思い出してしまい後悔しかありません。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

動物葬後の法話

おはようございます。

動物葬儀の時にご遺族に話す言葉を紹介します。

++++
心中お察しします。

後悔や自責の念は誰にでも起こりうるものですが、もし、ヒーターなくても今よりも幸せな結末であったとは限らないです。

インコさんは、いんこ様を悲しませるために眠りについたわけではなく、寿命が来たから旅立ちました。
最期の瞬間の「たら」「れば」だけで気持ちを満たすのでなく、一緒に過ごした時間の中でインコさんからもらった恩恵も心に留めてもらうために仏事はあります。
職場の人のことは受け流してください。
そもそも「一般称の子」と「かけがえのない個別の存在」という違うものをむりに同じところで置き換える必要はないです。
職場の人の価値観に従わなきゃいけないということはないのでご安心ください。

人との別れと同じように動物との別れを悲しむことは自然なことです。
人間も動物の一員です。
悲しみは深いかと思いますが、インコさんに支えられていたという『これまでの時間』は心の中で留めておくことを願います。
++++++

追伸;余談ですが動物葬に立ち会うようになって思ったことがあります。
炉前のお経を飼い主の腕の中で聴いて旅立つ。そんな見送り方も何回かしています。

これは場所の都合で低温で待機させられたり、蓋を閉められて真っ暗な棺の中で火の音しか聞こえない。人間の葬儀の現状と比べると動物は幸せだなと思います。
葬儀に立ち会うたび、私も昔飼っていた動物のことを思い出して悲しいですが、動物の看取りから学んだこともたくさんありました。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

泰庵様
ありがとうございます。
人間も動物の一員です。
という言葉がなんだか響きました。
かけがえのない個別の存在、に違いありません。
亡くなるときは、看取りたい、と勝手に思っていましたが、2羽とも私の手の中でした。
今は、どうしても後悔がありますが、一人で寂しく逝ったのではなく、私の手の中だったことを感謝しようと思います。

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