母の余命宣告
母は家族のため、15歳で田舎から上京し、親戚の家で下宿しながら、美容師の資格を取り、姉を出産するまで働いていました。
私が小学校中学年の時に、安定職に就き定年退職するまで働いてくれました。働いている間にも同僚からのイジメにもあいましたが、私たち子どものためと我慢して辞めずに働いてくれました。
退職後はアルバイトしながら、姉の子を可愛がり楽しい日々でしたが、2年ほど前に母が悪性リンパ腫を発病しました。
寛解を迎えては再発を繰り返し、先日、母の余命を主治医から聞かされました。毎回の治療も辛かったのに弱音も吐かずに今回も頑張ってくれています。亡くなってしまったら、一番の理解者がいなくなる、話せなくなる、携帯でのやり取りもできなくなる、触れなくなる、顔が見れなくなる、もし自分が子どもを授かり生まれたとしても抱っこしてもらえない、可愛がってもらえないなどと考えると涙が止まりません。母のいない生活が考えられないし、考えたくないです。
輪廻転生、諸行無常、愛別離苦など納得はできるのですが、肉体がなくなるということがとても辛いです。
上司からは自分の心にバリアを張りなさいと言われましたが、うまくできません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お母さまを「生きてきて良かった」と思える命にしてあげて下さい
そうですよね、母親がいなくなるなんて、いつかそんな時が来るだろうと頭ではわかっていても、実際に目の前にと思うと、苦しくて堪らないですよね。
お母さまは、生きる支えであり、生き方の目標だったと思います。それほどに、強く優しく温かな方なのでしょうね。
お母さまもまた、子どもの存在が何よりの生きる力だったことでしょうね。
側で病と闘っているお母さんを見ていると、もう頑張らなくていいとラクにしてあげたい気持ちと、このまま別れになってしまうのがあまりにも悔しくて寂しい気持ちですよね。
多くの方のグリーフケアに関わっていますが、どのように時を過ごし、想いを伝え合ってきたか、その関わり方によりその後の死の受け止め方も変わってきます。
納得のいく「死」というものは、ないのでしょうが、それでも重ねてきた日々が遺された人を支えていきますよ。
そして信仰心が、亡き人を思い出させ、手を合わせる生き方に変えてくれます。
また遇える世界に、導いてくださいます。
お母さまを想い、笑顔になれない日もあるかもしれませんが、寂しい〜本当はずっとそばにいたい〜ありがとう〜お母さんの子に生まれて良かったと、たくさんの感謝や愛を お伝えくださいね。
お母さまにとって、「生きてきて良かった」とそう思える命にしてあげてくださいね。
あなたの優しさに、お母さまの生き方に、私もこうして出会いました。
お話し下さり、ありがとうございます。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
わたしは母のように優しく強い人でありたいと思わせてくれる人です。
次に生まれてくる時も母の元に生まれてきたいと思っています。
これからたくさんの感謝と愛を伝えていきたいと思います。