信じること
何度もこちらを頼りにしてしまい、また暮れのお忙しいなか誠に申し訳ございません。
年末に自分自身の不浄の心を問いただしたいと思っております。
毎朝毎夜、不安な気持ちで目を覚まし、ほんの些細な出来事でも「もしかしたら噂を耳にして距離をおかれているのではないか?」と勘ぐりすぎてしまいます。一気に人が離れていったことが大きなショックだったため、人を信じることができなくなってしまったのだと気が付きました。
私のことを信じてほしいと心の底では願いつつ、自分自身は友人たちのことを信じることができないのです。
信頼して話したことが漏れ伝わるようなことがまた起きてしまったらどうしよう、また裏切られたらと思うと、誰と何を話すのも怖くなってきてしまいました。
このような心境なのですが、また人を信じ、信じられる温かい関係を築くためにまず自分が人を信じることをやり直したいのですが、どうすれば猜疑心に打ち勝ち、信じることができるでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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自分が自分のことを何より信じる。堂々と、私は私の道を〜と。
それは関係の中で築いていくしかないように思います。ゆっくり時間をかけていくしかないけれど、信頼できるかなんて簡単なことではないですから、人は保身に走ると裏切りも起きると思うくらいがいいのかもしれません。
自分が自分のことを何より信じる。
自分でも(大丈夫かな)と揺らいでしまうと、周りにもそれは伝わりますから。信頼を得るには、堂々と 私は私の道を〜と強い思いでいましょうね。何を言われても、傷つけられても、人ってそんなもの、気にしないと思えるほどに、強くなりましょう。
今までの質問も、ずっと引き摺っていらっしゃいますから。抜け出したいですよね。
質問者からのお礼
中田様
いつも力強い味方になって下さりありがとうございます。弱気になっている私を遠くからもお察し頂いているのだなと、驚くとともに感謝の気持ちで満たされております。強い気持ちが湧いてくるまで時間がかかりそうですが、今は自分の心を守ることを第一に考えたいと思います。