三具足なしで仏像を祀ってもいいですか?
半年前から一人暮らしを始めました。
浄土信仰がある僕は全長16cmほどの阿弥陀如来像を祀っているんですが、特に信仰を持ってない両親は「異様だからやめなさい。婚活してるんだから、若い女性がそんなの見たら引くよ」と言います。
正直、両親の言い分も一理あると思うのです。
そこで、厨子なし、三具足なしで仏像だけ。本棚の中にブックエンドで本を仕切って空間を作り、その間に仏像を置いて、来客時は卓上サイズのミニ屏風で隠すという形を考えています。
どんな本を読んでも三具足は必ず揃えましょうと書いてありますが、そういう事情なので無しでもいいでしょうか?
万一人に見られても、三具足が無ければガチさが減って、「俺仏像好きだからねー」ぐらいで、そんなにおかしく思われずに済むんじゃないかと思うんです。
なんだか隠れキリシタンのような気分ですが、お坊様方の回答お待ちしています。
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生かされているいのちに感謝をすること
ご質問拝読しました。近年では、お仏壇、および御本尊様を持つ家が少なくなりましたので、ご両親のご意見も少なくないように思います。
しかし、せっかくお持ちになる機会を頂けたのなら、御本尊様、そしてご先祖様に、出来うる限りでお花・お水・お香・お茶・お燈明をお供えして差し上げてください。私たちは、一人で勝手に生きているのではありません。宇宙大地のお働きがあり、また周囲の方々や動植物、目に見えないあらゆるもののお陰で生きることが出来ます。仏様を通して、大いなる御加護に感謝の気持ちをもって、今日という一日に手を合わすことが大切です。婚活中でしたら尚のこと、そういったことに共感して頂けるパートナーに出会えることが望ましいように思います。
仏様に手を合わす、というのは、この生かされているいのちに感謝をする、ということに他なりません。インテリアでも、骨董品でもありません。
今後、結婚され、お子様が出来たときにも、仏様に手を合わす親の姿を見て育った子どもとそうでない子どもでは、感謝をもつお心が違ってくるでしょう。是非、この機会を大切にして頂きたいと思います。
追記 三具足は仏具屋さんなどで買わずに、家にあるもので代用も出来ます。義務化すると、出来なかった日に悔やむことになるので、無理をせずにお水を一杯お供えするなどできることからでいいと思います。
質問者からのお礼
>慈正様
回答ありがとうございます。
三具足は伝統的な形のをもう持っているんですが、質問文に書いた通りの事情で使用を控えているところです。
ポタリンという商品名の、使わない時は合体させて一つの花瓶のようになる三具足があるんですが、あれなら人が見ても仏具とは思わないでしょうから、どうしても三具足が必要ならそれにしようかと考えています。