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亡くなった母に会いたい

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有り難し有り難し 48

先日もこちらでご相談させて頂いた者です。
最愛の母が亡くなってからもうすぐ3週間になります。葬儀のとき目の前で眠っている母を見て「あぁ本当に死んでしまったのか‥」と現実を突きつけられものの、やっぱりまだ実感がないというか、受け入れ切れてはいません。
でも亡くなる前や亡くなった直後は毎日のようにところ構わず泣いてしまっていたのですが、葬儀を済ませて忌引休暇を取って何とか無理矢理にでもと仕事に復帰したくらいから妙に落ち着いたような、麻痺しているような感覚があります。つらい悲しい苦しいと思う気持ちは引き続きあるものの、母がいてくれたらもっとこうだったのに‥などと思わないように割り切っていかなければという気持ちも出てきました。
母がいたときの幸せな日々を遠く感じるというか‥実際よりも長い時間が経ったような不思議な気分です。とても寂しいです。もしかしたら防衛本能でそう思っているのかもしれません。現実を直視したらつらすぎるので。
どこかで自分の親はきっとずっともっと長く生きるだろうという思い込みがありました。まだ60代後半でしたので。
母が亡くなった後はまるで自分の一部を失ったかのような喪失感があり、心が常に重たい気がします。前述したような、落ち着く時間が増えたものの、急に不安定になり子供たちの前でも突然涙を見せてしまいます。毎日お線香をあげて母に話しかけています。こんなに寂しがっていては母は成仏できないのでしょうか。
49日の法要を来月控えていますが、分骨して部屋にずっと置きたいと思っています。夫もそれでいいと言ってくれました。
母のことが大好きで、いないことが実感できず、気持ちがグルグルとしています。
絶望感、割り切り、逃避、など感情の起伏が激しくてコントロールができません。
人は死んだら先祖に会える、というのを心から信じていたい反面、死んだら無になるのでは‥と、ものすごく寂しい気持ちにもなります。
どうしても母に会いたいです。母は今も近くで見ていてくれているのでしょうか。あの世で先に逝ったご先祖様たちと会えたのでしょうか。
突然の死でしたので、話がしたいと強く願ってしまいます。またすぐに会えるような気さえしてしまいます。

2022年3月11日 13:56

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今までの繋がりが これからの私を支えてくれる縁にもなっていく

前回の質問も読ませてもらいました。何日過ぎようと想いは溢れますね。大切な方だったのですものね。
死別の悲しみは、自分のこと以上に苦しいものですね。二度と会えないと思うからこそ、別れたくないという執着心(愛情)が押し寄せるのですよね。同時に、いつまでも悲しんでいてはと、亡き人にありがとうがいいたいときもあるでしょうね。

感情というのは、行きつ戻りつつします。期間というものはなく、別れを経験しながら生きていくというのは、それこそが苦しみでもありますね。

それだけに、今を この瞬間を大切に、今までの繋がりが これからの私を支えてくれる縁にもなっていきますよ。

人間のそんな心を知り尽くして、仏様はまた遇える世界(極楽浄土)を願ってくださっています。人間にはどうにもならんものを、信仰は支えてくださるのかもしれません。

私もたくさんの別れを重ねてきましたが、仏様のお救いに安心をいただいています。また必ず遇える日まで、手を合わせる生き方に支えられています。そうでなきゃ、立っていられなかったでしょう。

あなたが手を合わせる生き方の中で、亡き方の縁を結ぶことが出来るのですよ。どうぞ、お母さまの縁を大切な仏縁、また仏法を聴く法縁にしていっていただきたいわ。
そうしたら、また必ず、遇える日がありましょう。
私もこちらから、手を合わせます。
いつか、尊い仏縁をありがとうと言える日がきますように。

合掌

2022年3月11日 14:39
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有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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質問者からのお礼

中田様
温かいメッセージをありがとうございます。
また母に逢える日まで手を合わせていきます。
今はまだ本当につらく、精神的に不安定な日々が続きますが‥少しずつ少しずつ前に進みたいです。私も極楽浄土を信じたいと思います。
ありがとうございます。

「亡くなった・死んだ人に会いたい」問答一覧

故人に会いたい、話したい

親しい仲だった友人弟を亡くして暫く経ちました。 以前質問をさせていただいた時からは、少しだけ気持ちが落ち着き、日常も取り戻しています。 そこで様々な疑問や思いが出てきました為、また聞いて教えていただけたらと思います。 まず、故人とはまたいつか再会出来ると言っていただけましたが、その再会とはどの様なものなのでしょうか。 魂同士で見た目は持たないのか、それとも最後に会った時の肉体の見た目(お互い20代、今の姿)なのか… 私が彼の訃報を受け、お参りに行かせていただいた時には既にお骨の状態でした。その事からか、未だに全く信じられなかったり、肉体への執着心が消えません。堪らなく会いたくなります。 また、無知なので何を言っているのかと思われるかもしれませんが、死後の動きは宗派によって異なるのでしょうか?宗派の把握はしておりませんが、私と彼の家の宗派が違う場合、いつかの再会は叶わない、という事はあるのでしょうか…? そして、彼に聞きたい事が沢山ありますが、特に聞きたい事として、私の事をどう思ってくれていたのか、私とどうなりたかったのか。 現在恋人がいる為、あまり聞くことでは無いと思いますが…私を想ってくれている様な発言を何度か受けており、けれどハッキリした言葉ではなかった為、いつか再会した時に教えて欲しいと思っています。会話は、出来るのでしょうか。 彼に会いたくなってLINEのやり取りやSNSのアカウント、前に一緒に遊んだ時の写真や動画を見ては、彼が居ないことが理解できない気持ちと、もう会えないのか…と強烈な寂しさで苦しんでいます。 記憶力がよくなく、昔遊んだ時の記憶はおろか、数年ぶりに再開した今年の春、初めて一緒にお酒を飲んでとても楽しい時間を過ごしましたが、その記憶さえも薄れています。 彼とのわずかな思い出を忘れる事が、今は1番の恐怖で辛いことです。介護職をしているので、何もかも分からなくなる認知症には絶対になりたくない、記憶があるうちに絶対死にたいと思っています。自死は選びませんが、どうか早くに、とにかく早く人生の幕が閉じないかと願っています。若いうちに彼に会いに行きたいとも。 めちゃくちゃな文章で分かりにくく申し訳ありませんが、また回答をお願いいたします。

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夫の包容力が恋しくてたまりません

夫を亡くしてもう少しで5ヶ月です。 共に過ごした12年間…喧嘩もたくさんしました。それでもなんだかんだ言いながら、私がたっぷり甘えていたのでしょう。仲良くやれていたと思います。 いまは一人で、二人の男の子を育てながら生きてます。というより、子どもが生きる理由です。 こどもの前では泣かないようにと思ってましたが、やっぱり無理です。それと、お盆に入って祭壇が設置されてから色々なことを思い出しては涙し、その都度子どもたちが慰めてくれます。駄目な母親です… 子どもたちを守らなきゃ!育てなきゃ!でいっぱいいっぱい。夫が生きてたときに子育てや色々なことに悩んだときは、『そんなに頑張らなくていいよ』と沢山抱きしめてくれました。 夫の大きな体で、包んでもらったぬくもりが忘れられません。寂しくてたまりません。寂しくなったら子どもたちを抱きしめてますが… きっと甘えなのでしょう。女性としての本能なのでしょう…大きな体で包んでもらいたい…そんな不謹慎な気持ちが浮かび、自己嫌悪です。人間として普通なのでしょうか。それとも、自分が単なる欲求不満なのでしょうか。 今後誰かと恋愛したりとかそんなことは、全く考えてませんが、この欲求がどうしたらおさまるのかわかりません…。もう一度会いたいです。

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亡くなったばかりのじいじに会いたい

大好きなじいじが2023年5月1日午後14:00に他界しました。89歳でした。 肺がんで進行が早く、口の中にまで転移していて、食べることが大好きなじいじでしたが最後の数日間は何も食べれず、飲み物しか飲めませんでした。 最後の最後まで‘お茶漬けが食べたい、ピザか刺身が食べたい’急に出なくなってしまった声を張って言っていました。 私たち姉弟に‘姉弟三人仲良くね’ 私の彼氏に‘結婚式までとても生きれそうにないや’‘朱里のことをよろしくね’そう言って大泣きしていたじいじ。 ばあばは‘みんなが会いに来てくれて嬉し泣きしたんだよ’と言っていましたが、じいじどんな感情で涙したのかな。 今までじいじから一度も弱音を聞いたことはなかったですが、最後のほうには‘あかり、じいじ死にたい’と言ったこともありました。 ‘朱里の結婚式までは生きたいやぁ’いつもそう言ってくれたじいじ。 どうしても叶えてあげたかった。じいじに一番見せてあげたかった。 急遽前撮りをお願いして、じいじの家で写真を撮りました。 その三日後に静かに息を引き取りました。撮影の日まで頑張ってくれました。 小学生時代、下校時にひとつ前の班で出ていたら亡くなっていた命。 心筋梗塞を二度もしていて、いろんなタイミングが合っていなかったら助かっていなかった命。 大きな交通事故をし、80%無理ですと言われた命。そのときは三途の川を見たと言っていました。 じいじは世のため人のために生きていたという印象があります。 どんなときも、生かされていたのかなと思えます。 楽しかった思い出しかないのに。笑っているじいじしか思い浮かばないのに。 どうしても、もっとああしていれば。こうしていたら。そんなことばかり考えてしまいます。 耳が遠かったじいじとあまりお話ができませんでした。 じいじは幸せだったか、みんなじいじのことをこんなに想っている。 話したくて伝えたいことがたくさんあります。 お葬式で読んだ【孫たちからのお手紙】ちゃんと聞こえていたかな。 私は何度生まれ変わってもじいじの孫でいたいです。 毎日毎日、じいじにあいたいです。

有り難し有り難し 13
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ