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前に進む勇気をください

回答数回答 2
有り難し有り難し 45

以前、不倫の後離婚をした彼との関係が上手くいってにいないと相談をさせていただき、彼としっかりと話し合うようアドバイスをいただきました。
その後、彼と話し合ったのですが、彼から「離婚したことは間違いだったと思っている」と言われました。全てを失っても良いと思って離婚したが、元奥様やお子さん、ご両親が今まで通りに優しくしてくれることから、そんな人達を離婚という形で裏切ってしまったという罪悪感が大きくなっているということでした。
これまでの私との関係全てを否定されたようでとてもショックでした。
数年後にどうなっていたいかと聞いてみると、「分からない。一週間先のことも分からない。」と言われました。
彼は口には出しませんでしたが、元奥様とやり直したいと思っているのだと思います。
かと言って、私と別れようとは言ってきません。嫌いになった訳ではないと言い、週に数回会っていますが、私の彼への愛は受け止めてもらえず、一緒にいても以前のように心が満たされることはなく、みじめな感情すら覚えます。
彼との未来が描けなくなってしまいました。
もう、別れるべきなんですよね…
頭では分かっているのですが、全てを背負って一生彼と添い遂げたいと思っていたため、現実を受け入れることができずにいます。
どうか前に進む勇気をください。
くだらない相談で申し訳ございません。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

くだらないなんてことは全くないですよ。お苦しみですね。

辛いですすね。私もあなたの立場なら、力が抜けてがっかりすると思います。
全てを捨てて、お互いにやっていこうと思ったのに、連れ合いの方が、
スルっとつかんでいた手から通り抜けようとしている。
私が奪ったんだからという罪悪感と、喪失感、こもごもの想いだと思います。
不倫がいいとか悪いとか、道徳という尺度であなたに説教するつもりはありません。
仏教は道徳や社会的規範とは違います。救い・救われる教えです。
奪ったから奪われると言われてもね。傷口がうずくだけですよね。違いますか?
こうしてご縁があってお話しさせていただいてる。きっと何かのご縁があったんでしょうね。
仏さまの教えは優しいと思うんです。他人はもちろんのこと、自分を裁く教えではありませんよ。
救いを信じて求めた時に救われるですよ。
あなたも自然体で、今は無理かもしれませんがね。
恋愛は誰であろうと、相互の意思が合致しないと成り立ちませんよ。
彼が今後ともあなたとやっていくと言えば、そのままですし。
やっぱり復縁すると決めたらやむをえないですよね。わかってらっしゃると思いますよ。
誰でも人間には逡巡(しゅんじゅん)があります。思いめぐらし悩む振り返ることですよ。
彼もそうした気持ちの渦の真っただ中にいるんじゃないですか?
どうするかは彼が決めることですよ。静観しましょう。
結果を受け止めるのはもちろんですが、この際、彼のことはおいておいて、
ご自身のこと、ご自身の将来についてお考えになったらいかがでしょうか?
趣味を持つとか、あなたにとってしたいこと、楽しみは何とか?
気を紛らわすとかではなくて、生き方を見つめる機会にされたらいかがでしょうか?
あなたのお幸せを祈っていますよ。

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おきもち

個別相談可能
浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向きに楽しく愉快に生きていくためのヒントを自分自身も考え続けながら、また少しでも皆さんのお役に立てればと考えています。できるだけ、わかりやすく簡単にお答えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。現在も整骨院をやっていますが、医療福祉関係の仕事に長年従事してきました。他に、知的障がい者施設の仕事に関わらせていただいています。また、イジメや引きこもりなど子どもたちのために何かできることがないか、現在模索中です。フリースクールをお寺で開講予定しています。仏教特に浄土学は死ぬまで研鑽だと思っていますが、居眠り専門なのが、課題です。

身勝手極まりない

助ける価値もない。まさに身勝手な者同士が綱引きしてるようなもの。
もっと苦しみなさい。苦しみから逃れようとするから答えが見つからないのです。
自分がやったことを省みてまだまだ苦しみが足りないと気付きなさい。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

常在様
ご回答ありがとうございます。
おっしゃる通り、身勝手な行動が招いた結果だと思います。
苦しみから逃げようとせず、向き合う努力をいたします。

三浦様
ご回答ありがとうございます。
全てがおっしゃる通りで、心優しいお言葉に救われました。
私自身の人生について、じっくり考えてみる機会としたいと思います。
ご縁に感謝いたします。

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