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お位牌の置き場所について、ご相談します。

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今までたくさんのご相談に、お言葉を頂いております。本当にありがとうございます。今回は、お位牌の置き場所についてご相談します。80歳を迎えた母親が施設でお世話二なっております。父は4年前に亡くなり、お位牌(法名軸)は母親の施設の部屋に一緒におります。ご先祖は、離れた生家におります。今すぐどうではありませんが、母親が亡くなった時に、お位牌を手元に置きたいのですが、一緒に住むパートナーの両親の仏壇(近くに実家があり、パートナーの仏壇は別にあり、弟が守ってます)ごあり、父が亡くなった時に、2つの違う家を置けない。と反対され、このときは母親の施設にお願いして、母親の部屋に一緒にいることが出来ましたが。母親が亡くなった場合をものすごく心配しています。離れた生家にご先祖様がいるので、可能ではありますが(ゆくゆくは手元に寄せたい)、亡くなってすぐは側にいたいので、自分の車の中、もしくは、近くのトランクルームを借りて。と考えています。このようなことは、やはり親不孝なのでしょうか。パートナーは考えもかたいし、離れた生家(父が残した家なので、帰れる範囲で仏壇にお花を供えています)に離れるのも辛く、せめて一緒にいたいと考えて、このような考えにいたっています。浄土真宗大谷派です。アドバイスよろしくお願いします。

2022年6月2日 16:46

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お念仏できる暮らしを大切に。それが何より大事な拠り所となる。

そうですね。大切なご先祖さまですから、おそばにと思うのは自然なことですね。
浄土真宗の法名軸や過去帳は、私たちにとって先祖の記録のようなものですのでね。見えるところに安置しなくても大丈夫ですよ。パートナーさんとの衝突を避けるなら、大切にしまっておかれても大丈夫です。ただ、南無阿弥陀仏のお念仏を大切にお過ごしいただきたいなと思います。なぜなら、阿弥陀さまのお救いにより、仏にしていただくのですから、頼っていただきたいのです。そして、あなたがお念仏なさるそばに、阿弥陀さまや亡き人がいつでも寄り添っていてくださいますよ。

法名軸.過去帳やご本尊(阿弥陀如来)を安置するのが難しいなら、阿弥陀さまのお印の入った お念珠や腕輪念珠を身につけるなど、お念仏できる暮らしを大切に。それでいいのです。それが何より大事な拠り所となりますよ。

追記。。。
コロナ禍により、会いたい人にすぐに会えない状況は、とても もどかしいですね。お母さまを気にかけ、手を握ったり、声をかけてあげたいことと思います。
私は施設訪問の際に、お手紙を添えたり、職員の方に読んでもらっています。

大切な時間。どんな形でも繋がっていたいですね。
お母さまのおそばに法名軸があるのなら、阿弥陀さまでちゃんと繋がっていますよ。阿弥陀さまのお救いは、亡くなってからの話ではなく、今ここに届いています。私たちは皆、願われた いのちを生きているのです。安心をより確かなものに。
なもあみだぶつ

2022年6月3日 3:30
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おきもち


はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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質問者からのお礼

おはようございます。中田ご住職様。ご回答ありがとうございました。コロナ禍にて面会もできなく、この先このまま何かあった時、せめて最期を快く送ってあげたい。との不安の方が先走り、ぐるぐると悩んでいましたが、お話を聞いて落ち着きました。父が亡くなってから、初めて仏様に気持ちを持つことができるようになり、ご住職様のお話を伺い、ますます気持ちを寄り添うようにしたいと思います。改めて本当にありがとうございました。

中田ご住職様。追記メッセージありがとうございました。私たちは願われた命を生きている。こちらのお言葉に今の自分を救われました。うるさいくらいに声の大きかった母。声を出せなくなっています。不自由ながらも歩いていたし、よく笑いよく食べていた母。今は全くの寝たきりになってしまっていて。頭がはっきりしているからこそ、とてもつらいだろうと。私も辛く、生きている意味をといてました。願われた命を生きている。時々、楽になりたいのではと思ってしまう。自分を攻めます。阿弥陀さまがお守りいただけている。命最期まで、頑張ってもらい、私も一緒に最期まで生き抜こうと思います。心から感謝いたします。本当にありがとうございました。

「位牌・仏壇」問答一覧

仏壇を神棚のように拝んでもいいですか?

今日から登録させていただきました。 私には、開眼供養された千手観音さまが祀られたミニチュア仏壇という宝物があります。嬉しい時、悲しい時、いつでも話しかけており、観音さまを心から愛しています。 仏壇にも、祈りやお願い事をしてよろしいものでしょうか。また、叶えてくださるでしょうか。私の願いは、今よりも無欲になってお金が無くても幸せを感じられる謙虚な人になりたいこと、怒りっぽさなどの欠点が少しずつでもいいから鳴りを潜めてもっと利他愛に富んで人を思いやり、役に立てる人間になりたいこと、私の偉大なご先祖様があの世で安穏に暮らせること、例えこの地球でなくともいいから将来すべての命あるものがみんなで愛し合い、みんなで助け合い、みんなで永遠に幸福になれる世界の到来など、簡単に言えばみんなで幸せになりたいということです。そのための努力なら、自分にできる範囲で喜んでしていきたいと思っております。問題は、先生が居るわけじゃないから課題や努力の矛先を自分で見つけなければならないことですが…。 (仏様から直接「○○しなさい」と天啓が降りてくるのが理想的ですが、私にはそういう能力はありません(苦笑)) 長くなりましたが、よろしくお願いいたします。これを見てくださった方々も、どうか幸せでありますように。

有り難し有り難し 6
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宗派の違うお位牌を同じ仏壇に祀ること

10年以上前に義母が脳溢血で倒れ、その後から脳機能障害の為現在も施設入居中です。独り暮らしを始めた義父がアルツハイマーだと発覚し、義父も施設入居へ。本来ならば長男である我が家が引き取り面倒を見るべきでしたが、私どももまだ30代、子供もまだ小学生、私も仕事をしなければなりません。 また義父は女は黙って亭主の言う事を聞けという考えなので、私が身の回りの世話をしても、お前はバカか、今日からお前を便利使いするなど、暴言がひどく、主人(男3人兄弟)達でさえお手上げの状態になり、とうとうみんな疲れ果てその後施設入居してもらいました。 その際に、主人の実家に亡くなった祖母をお祀りした仏壇があったのですが、仏壇は大きすぎて我が家には持ってこれず、お位牌のみ持ち帰り、我が家で毎日手を合わせています。 しかし、私の母が先日、膵臓ガンの末期と宣告され余命半年です。父は20年前に他界しており、母が今は仏壇を持っています。しかし、母が亡くなれば私が引き取るしかなく、祖母のお位牌をどうしようかと。私の実家は浄土真宗、主人の実家は日蓮宗です。半年前に主人の弟の三男が亡くなり、そこには息子がいるのでお墓をついでもらう(うちと次男には娘しかいない)ことになりました。母が亡くなった後、祖母のお位牌を三男の仏壇に一緒に祀ってもらえないか?と言ったのですが、やはり主人も三男の嫁さんにはまだ言いにくいようで、私も主人が長男である為遠慮もあります。主人は同じ仏教、一緒の仏壇に祀ればいいやないかと。私は、ネットで色々見てみると、先祖が争う、家族に分断が起きるなど目にしてしまい、気になってしまいました。私自身も可能ならば一緒にお祀りすることは構いません。ただ、母が亡くなれば次々法要もあり、主人の祖母はいきなり同じ仏壇に入れられ、宗派の違うお経を聞いてびっくりしないでしょうか?(生前、主人の祖母と私の両親は面識があります)もう母に残された時間はもしかすると明日だけかもしれないと思うと、このような事で主人と意見の食い違いなどしたくないのです。私は嫁いでいる身だと言う事もわかっています。同じ仏壇に(浄土真宗で掛け軸ありの小さな仏壇です)に祖母のお位牌を一緒にお祀りしてよいでしょうか?両家共に菩提寺はありません。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 11
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仏壇の引き継ぎ

初めて投稿します。宜しくお願い致します。 質問:仏壇を渡す日を法事日にするか悩んでいます。三回忌を迎える祖父の法事の日に預かっていた仏壇一式を相手に渡し。当日、車にのせたまま塔婆を持って引き継ぎ相手含め親戚一同でお墓参りに行っていいのか知りたいです。 宗派は曹洞宗です。 これまでの経緯をお話致します。祖父は、私の母方になります。祖父と孫の私と弟の3人で生活をしていました。一緒に生活を始めた理由は、祖父と住んでいた叔父(母の兄)が倒れ重度の後遺症を持ち生活が困難になった事、叔父の妻が闇金に手を出し破産、住む家をなくしたからです。叔父の子供達は、父は後遺症があるから施設に預け、祖父は生活保護を受けさせ1人で生活させればいいと言い切ったそうです。この人達は、早々に家を出て暮らし初めました。(全員、経済力のある大人です。) 私の母は祖母(夫側)がいるので共に生活をするのは嫁として叶わないと静かに泣いていました。私は弟と兄と相談し合い、私と弟で賃貸に引っ越して祖父のお世話するかたちに決め、私達の爺ちゃんを迎える事にしました。その頃、私は大卒、弟は高卒から職人をして現場の責任者をしていました。介護が必要になるであろう祖父を独りにしたくなかった。戦後を生き抜き田舎から都会に出て叔父家を支えてきた祖父の最後を思うと…お爺ちゃんと住むことに迷いはありませんでした。  祖父が家に来た時、仏壇もともにきました。祖父は立派な仏壇を持っていました。小さな頃は立派な仏壇に驚きながらお正月の挨拶のため手を合わせた思いで深い仏壇でした。しかし、狭い賃貸には入らず小さな仏壇となって我が家にきました。悲しげな祖父の瞳が忘れられません。大事な仏壇を置かせてあげれなかった無力さを未だに悔やんでいます。 祖父と生活をする日々は、覚悟した通り日に日に介護のレベルも上がり疲労、苦労、心配が増えました、それでも祖父との生活は私と弟の中で今も愛おしく懐かしい思い出です。  ここには、書ききれない叔父方の親族に対する憤りは沢山あります。まるで鎖の様に繋がる怒りです。祖父の涙と悔しげに吐いた、彼等に対する想いや文句を思い出すと歯が軋む程に怒りが湧きます。 私と弟の引っ越し、三回忌の節目、そしてやっと仏壇を受け取ると言った叔父の長男。全てが重なり仏壇のお世話の役目を本家にお返しする事になりました。以上になります。

有り難し有り難し 4
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