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49日までの別宗派のお寺への参拝

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こんにちは。数週間程前に父が亡くなりました。
地方にある実家での葬儀を済ませ、初七日を終えた後に現在居住を構えている東京に戻ってきました。

恥ずかしながらこの度の父の逝去を機に、初めて仏教について色々と勉強しているところです。現在の住まいで父に向けたお線香をあげると共に、お寺へ参拝を行っています。
実家は曹洞宗となり、近所の同じ宗派のお寺を探したのですが、一般に公開されている様子がありません。
そこで毎日一般公開にて朝勤行と夕勤行を行っている浄土宗のお寺へ参拝をしています。
宗派が違うことは承知しているのですが、このままのかたちでお寺へ参拝を続けてもよいのでしょうか。
49日もまだ過ぎていないのですが、例えば四七日・五七日だけは曹洞宗のお寺へ出向いた方がよい、他の宗派のお寺へは行かない方がよい、などのルール(?)はあるのでしょうか。
もし曹洞宗のお寺でなければいけない場合、東京都内で一般の参拝が可能なお寺があれば教えていただけますと助かります。

質問ばかりで恐れ入ります。
どうぞよろしくお願いいたします。

2022年6月20日 0:25

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

曹洞宗の大本山へ(永平寺・總持寺)問い合わせられるのも。

お父さまのご往生、謹んで哀悼の意を表します。
曹洞宗ということですので、お寺にお参りにいけなくても、ご自宅にご本尊を安置なさり(仏壇までは無くても)手を合わせられたらと思いますよ。

あなたのお住まいの近くにある、仏具店に尋ねられてもいいと思います。「近くに曹洞宗のお寺をご存知ですか?」と。私たちも日常は仏具店を利用しますので、お付き合いがあるのです。仏具店なら、住職の人柄まで知っていると思いますよ。仏具店で、小さくても御本尊の仏様(釈迦如来)をお迎えなさるのもいいですね。

また、曹洞宗の大本山へ(福井県「永平寺」と神奈川県「總持寺」の2か所あります)問い合わせられるのもいいと思います。所属の全寺院を把握していますので、住所から近くのお寺を紹介くださると思いますよ。

浄土宗のお寺さまが参りやすかったらそれもご縁ですが、唱えるお経が違ってきますので。同じ宗旨のお寺を探してみませんか。

どうぞ、お父さまが結んでくださった、尊き仏縁となりますように。

合掌

2022年6月20日 3:51
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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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「お寺に参拝・訪問」問答一覧

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有り難し有り難し 14
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いつかその日が来た時に

いつもこちらではお世話になっております。 沢山の教えの中に日々気づきを頂いております。 ありがとうございます。 今日相談させていただきたいのは、檀家というお寺との関わりに関してです。 以前にも相談したことがあるのですが、私には歳の近い親戚が突然死したこともあり、不安症なところがあり、発作的に「家族の死」を考えて落ち込みます。 ですが、従姉妹の死が「その時が来たら、自分が見送られる側じゃなくて、見送る側だったことを見つめるんだよ」「あなたがこっちにきたら私も、祖父母も、みんないるから、会えるから寂しくないからね」と、教えてくれているようで、時間を要しながらも、今目の前にいる家族を大事にしよう。と、顔を上げることが出来ています。 そして、いつも思うのが、 わたしには今恋人も、自分の家族もいないので、いつか一人になった時に、誰にもこの悲しみを言えずに悲しみから抜け出せずに潰れていくのではないかということにも不安の要素があるのだと気付きました。 そこで思ったのが、 自分が日頃から関わっているお寺があれば、日頃からもっと仏教に触れることはもちろんですし、葬儀でお経をあげていただくことになっても、知っているお寺の方でしたら気持ちが落ち着きますし、法名の相談もできるかもしれません。 何より一人で辛い時には説法を聞きに行けたりして、孤独ではない、自分が生きているのは今であるということを感じる時間を持つことができるのではないかと思いました。 ですが、我が家は既に地域の納骨堂を用意しており、お墓のことを含めて檀家にというのは難しく思います。 更にお寺によるかと思いますが、お金もだいぶ掛かると聞きます(収入はそんなに高くないので) この場合、檀家になったり、馴染みのお寺を見つけることは難しいことなのでしょうか。 もちろん一番大事なのは場所ではなく、気持ちだというのはわかっているのですが、未熟者ゆえ、このように考えてしまいます。

有り難し有り難し 12
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