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綺麗になることを楽しみたいです

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有り難し有り難し 6

初めて質問させていただきます。
自分の容姿について悩んでいます。綺麗になろうとすればするほど、自分が醜いように感じてしまうのです。
 

冗長かもしれませんが、経緯を書かせていただきます。

 
私は2年ほど前から鬱病を患っており、生活リズムも食生活もひどい状態でした。今では友人や家族のおかげもあって落ち着き、寛解しています。
ですが、鬱による無気力や生活習慣の乱れから、肌はボロボロになり、体型もかなり肥満になっていました。
そこで回復とともにダイエットやメイクの勉強を始めました。1年ほど前からです。

 
当時は回復期だったこともあってか、自分の努力次第で自分が変わっていくのがとても楽しくて、体型やメイクに気を使い、「私にはこういうメイクが似合うのか!」「私もちゃんとすればそれなりに見れる顔じゃん」と、毎日ワクワクしていました。
かなり痩せて、周りから「頑張ってるね!」と言ってもらえるのも嬉しかったです。
 

ですが、最近どうも様子がおかしいのです。
前は鏡の中の綺麗になった自分を見て嬉しくなっていたはずなのに、最近は「頬のシミが気になる、もっと良い美容液使わなきゃ……」「額の形が嫌、整形したいな……」と、コンプレックスばかりに目が向いてしまうようになりました。美容について勉強したり、色々なものを試すほどに、そうした意識が強くなっていくのです。
街を歩いていても、「私は他の人と比べて顔が大きいな……」「他の女の子はみんな美人ばかりだな……」と思うことが多くなりました。
 

もともと綺麗になることを楽しんでいたはずなのに(そしてそれが私の心を救ってくれていたのに)、いつの間にか義務感や強迫観念に変わってしまったような気がします。

 
こうして見た目に執着してしまう自分がとても俗的に思えて情けないですし、不健康な気もします。こだわりすぎてお金もかかりますし……この変化は一体何なのか、戸惑いが大きいです。
 
どうしたらまた前向きにお洒落や美容を楽しめるようになるでしょうか、何かご助言をいただけると嬉しいです。

2022年6月23日 19:04

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

このように話すことが大切です

さかなさん、自分磨きお疲れ様です。身体健康も大切です。ご自愛ください。
 自分の美容も好きなことも長く続けることに大変な苦労がありますね。その営みを経過して本当に大切なことに気がつけるのです。この文章を読んで何とかそのスタートがきれそうですね。
 私も修行していると同じことを思います。ハスノハの回答でも今日よりもっと良い回答、もっと多くの人を救わねばと勘違いしていた時期もありますよ。
 私は定期的に反省ノートを作成して、反省点を書いております。また、人に話すときもありますよ。
 一番の悪は孤独です。誰にも自分の弱いところが出せないことです。ノートでも気が置けない友達でも自分を出しましょう。
 話したいことがありましたらリモート相談受付ますよ。愚痴でも良いです。傾聴しますよ。

2022年6月23日 20:00
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有り難し
おきもち


ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。
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質問者からのお礼

回答をいただき、ありがとうございます。
 
拝読し、今の状態もこれから綺麗になっていくための過程の1つだと思うことができ、とても楽になりました。
 
「一番の悪は孤独」というお言葉にハッとしました。といいますのも、友達とメイクや美容についておしゃべりするのは今もとても好きで、そうやって誰かと一緒に楽しんでいるときは自分のコンプレックスもさほど気にならず、純粋に楽しい気持ちを共有できているのを思い出したからです。最近の私は独りよがりになっていたのかもしれません。
 
機会があれば、またお話を聴いていただければと思います。
ありがとうございました。

「容姿・外見の悩み」問答一覧

顔面麻痺になり人前に出るのが怖い

はじめまして。 私は昨年40才で唾液腺癌になりました。 癌が顔面神経に触れていたため、腫瘍を摘出する際に顔面神経も一緒に摘出し、永久に顔の半分が麻痺状態になりました。 目が閉じず、口角は下がり左右差があります。 手術した耳付近も大きく陥没しています。 主治医には、手術した所を整形する事は可能だが再発リスクが高まると言われ、整形は諦めました。 癌を宣告され、とても辛く悲しい日々でしたが優しい家族や友人に支えられ前を向けるようになりました。 現在は有り難いことに経過観察中です。 毎日朝が来る事に感謝しながら生きています。 ですが、今こうして生きていられる事だけでも奇跡だと思っている一方で、どうしても人の目が気になって気持ちが落ち込んでしまいます。 特に、おしゃべり好きな子ども関連のお母様達の目が気になり、保護者会などの参加を躊躇してしまいます。 以前は積極的に係など引き受けていましたが、今はしていないのも心苦しいです。 家族は、麻痺した私の顔も普通に受け入れてくれています。 なのに、人の目が怖いと感じる自分の心の弱さに悩んでいます。 どのような心構えで日々を過ごしたら、強い心で、麻痺した顔でも堂々と私らしく生きていけるようになりますか? ご教授いただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

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顎変形症の自分が好きになれない

僕は40歳で独身、仕事は新聞配達のアルバイトをやっています。 住んでるところは会社が用意してくれているアパートです。東京23区内に住んでいます。   以前も相談させてもらいましたが、今回は相談内容が違うものです。 今、悩んでいる事は、自分の容姿の事です。 僕は下あごが長く、わかりやすく言えば受け口です。また、下あごが右に少しズレてしまっていますので、噛み合わせが良くなくて、全身の体の歪みにつながってしまい、実際私の体は歪んでしまっていて、健康的にも良くありません。 私は40歳です。今まで自分の受け口の事を忘れて生きてきましたが、今は外科手術を伴う歯の矯正をしようとしています。手術までに1年半から2年くらい手術前矯正をするそうです。顎変形症というのは一種の病気として扱われるので、普通の矯正とは違い健康保険も適用されます。費用はそれでも40から50万くらいは必要になると思います。 外科手術をすれば下あごが後ろに下がり、見た目、受け口が治ります。 手術後も2年くらい歯に矯正器具を入れ、矯正をするそうです。 私は受け口の事を忘れて生きていました。本当に頭の中にない状態でした。 横から見ないとあまり気にならない、というのもあります。私の場合完全な受け口状態でもなくて、切端咬合と言って、上の歯と下の歯がぶつかる形になってしまいます。受け口とは下の歯が上の歯より前に出ている状態になります。切端咬合は噛めない状態になります。上と下の歯がぶつかっていては物が噛めないですから。わかりづらいでしょうが物を噛み切るために結局、下あごを前に出す事になるんです。だから結局受け口になります。20歳頃に受け口に気付きましたが、その時は何日かノイローゼのようになるくらい嫌になりました。 歯の矯正をして手術をすれば見た目、受け口は治りますが、手術まで2年くらいかかります。私は受け口の自分の容姿がとても嫌です。だからこそ、忘れてしまっていたのだと思います。 しかし、思い出しました。治したいので、自分の受け口と向き合う事にしました。 毎日しんどいです。彼女もいません。寂しいです。つまらないです。 お酒も飲むしタバコも吸いますが収入は大した事はありません。新聞屋なので、寮だけはあります。 このままだと、何かの病気になってしまうような生活になってしまっています。 ご助言をどうかお願いします。

有り難し有り難し 3
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自分の外見について悩むのは止めたい

最近私は、今までも何度となく襲われてきた外見コンプレックスにまた見舞われています。 きっかけは初詣でした。 私は家族とともに神社にお参りに行きました。 元旦なのですごく並んで待ちました。 待っている時、周りには大勢の人たちがいて、カップルも結構いたのですが、そのなかの一組のカップルがすぐ目の前にいて何となく見ていました。 後ろ姿しか見えませんでしたが仲が良さそうで、私は女性のほうを見て、「あんな可愛らしい感じだったら、自分も若い時に誰かに好かれることができたかな」などと考えていました。 それだけのことなのですが、初詣から帰った後、私はいろいろと自分の今までの人生について、私は自分の外見が可愛いとかきれいだったことはほとんどなかったということをなぜか思い出してしまったのです。 人生でそれほど容姿が悪くはなかった時期はありました。 けれども、思春期に私は顔が大分変わってしまい、可愛くなくなりました。 高校でも大学でも全くもてず、自分でも可愛くないから仕方ないとあきらめていました。 今にして思えば、メイクをもっとするとか髪型を変えるとか努力すればすこしはマシになったかもしれません。 でも、そういう努力をしなかったので、いつまでもさえないままの外見でした、 その容姿のためか、それとも容姿のせいにして努力をしなかったためか、私はとうとう人生で一度も恋愛をすることはできませんでした。 なんとか結婚できたのは、本当に一生懸命婚活をしたからで、このような私でもまあまあいいかと考えてくれる人がいたからだと思います。 結婚するまではそれでも外見に気を遣うようにしていたのでそれほど悪い外見ではなくなっていたと思いますが、出産後は再び元の可愛くない容姿に戻ってしまったようで、今に至ります。 「きれいなおかあさん」などと言われたことは一度もないと思います。 実際にそうではないですから。 でも、いつも容姿のことばかり考えているわけではないのですが、なぜか今回の初詣で、今までのさえなかった過去のことや、結局のところ一生容姿や外見のことでは自信が持てないなあ、とういことを深く考えてしまっています。 もうこの悩みからは解放されたいのですが。

有り難し有り難し 9
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容姿が醜く、生きていても辛い

私は顔が人よりとても長く、特に顎が長く醜い容姿をしています。 私には姉が2人いますが、2人とも絶世の美女で、私だけブサイクです。 なので、若い頃から、姉たちにブスだ、顔が気持ち悪いなど顔の指摘をされてきました。 人からも、姉の方が美人と何度も言われてきて本当に辛かったです。 父親は顔立ちも良く、私にもとても優しいのですが、母親は姉の容姿ばかり褒めていて、私は褒められたことがありませんでした。 母親は美人というほどではないそうですが、私よりは整った顔立ちをしています。 家族や親戚に私よりブサイクな人はいません。 どうして私だけ、不細工に生まれたの! 世の中不平等だ! と怒りが湧いてきます。 そんな私でも、結婚し、可愛い子どもに恵まれました。とても幸せだったのですが、どうしても顔のことが頭をよぎります。 今の家庭や主人の親戚にも私ほどブサイクはいません。 友達や街を歩く人を見ても、私よりブサイクはいません。 そう思っていると、自分の居場所がなく、全ての人に見下されているように感じます。 また、娘に将来、ママより姉たちの方が綺麗だと言われたり、姉たちの子どもに生まれたかったと言われるのではないかと不安です。 大切な娘だからこそ、言われると特にショックを受けるのではないかと怖いのです。 長くなりましたが、本当に顔が悪いと生きづらいですし、世の中はとても不平等だと思います。 僧侶の方々は、不平等だと感じた時や生きるのが辛い時、どのような考え方をしているのでしょうか? また、自分勝手で本当に申し訳ありませんが、こんな私を励ましていただけると嬉しいです。

有り難し有り難し 12
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ