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「紅をさす」ことと彼岸の関係はありますか

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以前精神的にも肉体的にも辛くてたまらない時期がありました。
そんなある日の夢のことがずっと気になっているためご相談させていただきたいです。

詳細は長くなるため省きますが、夢の中で私は1軒の家の前に立っていました。
中に入ると色々な部屋があり、仏間に入ると床の間、鍵がかかった扉、仏壇が並んでいました。
扉の近くには30代ほどのおじさんがおり「君が持ってる鍵で扉を開けられるかもしれないけど、試してみる?」と聞いてきます。

何の話かは分からないものの、なぜか鍵が首からぶら下がっていた私は試しにその扉の鍵穴へ鍵をさすと、扉が開き、その先には少し急な角度の階段がありました。
促されるままに階段を上ると大きな畳の部屋があり、日光が差し込む窓際には見知らぬおばあさんがいました。

おばあさんに呼ばれ近くに行った私は、溢すように「とても辛い」とその時に心境を正直に話しました。
「そうか、大丈夫、大丈夫」
そう言っておばあさんは頭を撫でてくれました。

その後長い時間をその部屋で過ごした後「あぁ帰らないといけないんだ」と察した私は
「もう少しここにいさせてくれないか」
と相談をしました。
「それは出来ない。ただ、もしもまたどうしようもなく辛いことがあったら…」

そう言っておばあさんは片手に収まるサイズの小瓶を取り出しました。
中には白い椿(?)の花。そこに赤い液体を注ぎ
「もし本当に辛くなったら、この紅をさして扉の前に立ちなさい。扉が開くかは分からないけれど」
そういって小瓶を渡し私を帰しました。

目覚めると手には小瓶が、なんてことはありませんでしたが……

後日色々と調べたところそのおばあさんは母方の曾祖母でした。
若いおじさんは夭折した曾祖父で、他に確認すると母でさえ知らなかった事も沢山ありました。

偶然にしては当たりすぎている話。
そうなると最後の「紅をさして扉の前に立ちなさい」がやけに気になります。何か意味があるのか?と

状況的にこじつければ彼岸へ出かける儀式?なんて思いますが
紅は生者の魔除けなどのイメージで、あまり彼岸と関わる話は聞いたことがありません。

ただの夢の話。荒唐無稽なだけのストーリーだといわれれば確かにそうですが、そこら辺の1つの不思議な話としてこの夢についてご見解がありましたら、お気軽に回答いただけたら幸いです。

長文失礼いたしました。

2022年9月26日 18:30

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

紅い彼岸花は極楽浄土を表している

拝読させて頂きました。
とても興味深いお話をお聞かせ頂きありがとうございました。あなたのことをきっと曾祖父母様もいつも見守っていて下さるのですね。地域によって多少異なるかもしれませんが昨日9月26日までが秋の彼岸でした、ですから彼岸の結願でした。

ウチの田舎でも沢山の稲穂の実りが秋の日に照らされて黄金色に輝いています、その手前やそばで紅い彼岸花がお祭りの賑わいの様に咲き誇っています。
またウチのお寺では白い彼岸花が咲いています。
あなたが見た夢にも通じる様な光景かと思います。
紅や白は彼岸を表しているのでしょうかね。

彼岸はあの世、仏様の極楽浄土です。
いつの日か天寿を全うして往く時には必ず仏様が私達をお導きなさって下さり、両親や祖父母や曾祖父母や沢山の親しい方々やご先祖様が優しくお迎えなさって下さいます。
人生生きている中ではとても辛いことや苦しいこと、思う様にならないことに悩むこともあります。
そんな中でも私達をご先祖様がいつもお見守りなさっていて下さるのです。
きっとそのことを曾祖母様はお伝えなさりたかったのではないでしょうか。

あなたがこれからもご先祖様とのご縁を大切になさり毎日を健やかに大切な皆さんと一緒に仲良く幸せに生き抜いていかれます様にと切に曾祖父母様やご先祖様に心から祈っています。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

2022年9月27日 17:38
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
確かに言われてみれば彼岸花なども白や赤のものがあって、全くの無関係ではなさそうですね。
であればやはり紅をさすことも、向こう側だけで通じる作法のようなものがあるのかも、とまた考えてしまいます。

質問を書いていてあの時の感覚を思い出しました。曾祖母の家を出た後、幼い頃に強く抱きしめられた時のような深い安心感を覚え泣きながら目を覚ましました。
胸の奥がジンと熱くなるあの感覚です。

また会いたいな、なんて思ってしまうときもありますが、おかげさまで扉の前に立つ機会は今のところありません。

もしかしたらもう現世では会うことが叶わないのかも知れませんが、いずれ会うこともあるだろうと思い今日も手を合わせてお経(私の場合はご真言ですが)を唱えています。

優しいお言葉ありがとうございました。
深く御礼申し上げます。

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