留年する心構えは何処からなのでしょう。
テストの点数が取れず、留年するか辞めるかの選択に迫っている状況です。
頑張ってきたのですが、結果に反映されずに終わってしまいました。
留年してでも、就きたい職業なので、留年すると心を決めたつもりでした。
その後に、教員と面談をしたのですが、自分のテストの点数が悪いから何もやっていなかった、周りは頑張っていた、点数が悪い子でも受かった、他の子と何が違うの?
と、面談中にずっと言われ、教員に頑張っていないと言われているように感じ、頑張ってきた1年は何もしてなかったんだと思ってしまいました。
食事とお風呂と睡眠時間以外、勉強に充てても頑張っていないと言われると、どうしても次に進む気力が持てません。
進むために必要な心構えはどのようにすれば良いのでしょう。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
牛になる事はどうしても必要です。
ゆきだるまさん、ご相談ありがとうございます。
留年するかやめるかの選択を迫られている状況、大変ですね。
文面から察すると、あなたは留年するつもりであるけれど、教員に頑張って
いないと言われたようで、自分の努力が甲斐がなかったのかというあたり
が引っかかっているようですね。
教員の方の発言は、成績が絡みますから、点数を見てのお話しだと推察
いたします。
あなたの努力は、点数では計れるものではありません。
あなたはこのように書きました。
「食事とお風呂と睡眠時間以外、勉強に充てても頑張っていないと言われる
と、どうしても次に進む気力が持てません。」
一生懸命頑張りましたね。素晴らしいことだと思います。
でも、ここには人の評価にとらわれてしまう、人間の姿があるように思います。
人にどう思われるかということが気にならない人はいないでしょう。
でも人の評価は、人の評価ではないでしょうか?
「牛になる事はどうしても必要です。」
夏目漱石が、優秀な弟子芥川龍之介に宛てたことばです。
人の評価は人の評価。歩みたい道があるのですから、
その道を牛のように歩んでみる、と考えてみてはいかがでしょうか?
質問者からのお礼
有難うございます。
結果が付いてこない努力は無駄と言われる事が、多々ありました。
今後は、気にしないようにするというと無理だとは思いますが、自分の努力は自分しか判らないことなので、結果に向かいコツコツと自分の努力を積んでいきます。
有難うございました。