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今、ここを生きるために

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有り難し有り難し 10

いつもたくさんの相談者へのありがたいお言葉をありがとうございます、ありがたく拝読させていただいています。

現在、「今」に集中できず苦しんでおり、何かお言葉をいただけないでしょうか。

先日も相談をさせていただきましたが、忘れられない人がおり、終わってしまった関係ではありますが今でもとても大事に想っています。

私もお相手も既婚ですが、お互い真面目な性格で今まで不倫などしたことはありませんでしたが、とても惹かれあってしまい一度だけ関係を持ってしまいました。ですが、お互いパートナーと問題を抱えているとは言え、不誠実な関係を続けることはできませんでした。今は一緒になれるタイミングでもなく、泣く泣くお別れをしました。お相手の方とは、まだ先になりますがご縁があるのならきっと再会すると思いますし、相手もそのように考えているようです。

夫がいる身で自分勝手なことは重々承知していますが、別れてしまったことが想像以上に辛いです。数ヶ月経った今も、その方との楽しかった日々を思い出したり本当に好きだったという気持ちを再認識してしまい、ふいに涙したり、無気力になってしまうことが度々あります。このまま関係を続けられないことも理解していましたが、お互いを大事に思い合っていたことも事実です。二人でいる未来を描いてしまった分、相手への執着が強いのだと認識しています。

当然、今するべきことは今のパートナーである夫と向き合い、夫婦としてどうするべきかをじっくり考えることだと思っています。夫には、大変申し訳ない気持ちがあり、毎日心の中で謝っています。それでもその彼を忘れられない自分の心と葛藤しています。

別れてすぐに、今を一生懸命に生きなければいけないと思い、勉強をしたり運動をしたりと自己磨きに励むように努力をしています。時間は有限であることも、今回のことで改めて痛感し、今まで手をつけてこなかったやるべきことに目を向けて、自分なりに日々過ごしています。

ですが、たまにどうしようもなく彼のことが頭から離れなくなり、悲しい現実を受け入れられず何も手をつけられなくなってしまいます。前を向きたい、そして過去に執着せずに今を生きたいと思いますが、未熟者の私にはとても難しいです。

私の未熟で、不誠実な相談で大変お恥ずかしいのですが、「今ここを生きる」ためのアドバイスのお言葉をいただけないでしょうか。

2023年3月5日 22:48

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

前後裁断

不安や心配は未来(後)の事について起こります。後悔は過去(前)の事について起こります。
前後(未来と過去を)切り離して、考えないようにします。
 目を閉じて、姿勢を正して座ります。そしてご自分の呼吸を見てください。長い・短いですか?浅い・深いですか?
 呼吸をコントロールせず、ただ、今この瞬間の呼吸だけに注意を向けます。
30分ほど続けます。途中で、過去の事や未来の事、また呼吸以外のことが頭
に浮かびますが、そう気づいた時には、再び呼吸に注意を向けます。
 すると、後悔や不安、心配といった感情がおさまり、今、ここに生きている事に
感謝し幸せだという感情が湧き上がります。これが、今ここに生きる秘訣です。どうぞ実践なさってみてください。
 

2023年3月6日 7:41
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有り難し
おきもち

脳内の情報に重い軽いは無い

たまに特定の思考テーマが頭から離れなくなることは、私にもあります。
そのときは、思い出してください。
あなたが見ているのは、現実の人間の彼ではなく、脳内の情報(電気信号)にすぎないのだと。
つまり、たまたま朝に聴いた音楽のメロディーが一日中頭の中で流れているのと同じ。
音楽も過去の恋愛も昨日のテレビドラマの内容も、どれも重い軽いの優劣はない、脳内情報にすぎないのです。
そして、脳内の信号は、実は瞬間瞬間に浮かんでは消えています。
「今日は一日中彼のことを考えていた」と言う人もいますが、それは錯誤(概念の後付け)であり、実際には、トイレに行けばトイレットペーパーを切ることを考え、手を洗うときは水の出し方を考えていたのです。
つまり、秒単位で「今・ここ」をちゃんと知るならば、元彼に関する情報なんかはトイレットペーパーにも劣るのです。
心の時間の単位を「念」といいます。
私達には一日に8億4千の念がある。
それくらい、心の映画のスピードは速い。
心の映画の1コマ(念)の大半は、実は元彼を出演させていないコマ。
だから安心してください。
心は浮かんで消えるのだから、その脳内情報も必ず過ぎ去る。
映画が過ぎ去ればスクリーンは真っ白な布。
映画はスクリーンを汚せない。ただ通り過ぎるだけ。

2023年3月6日 4:13
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

このような相談に、ありがたいお言葉をいただきましてありがとうございます。

彼のことを一日中考えてしまっていると思っていましたが、仰る通りそんな事はなく、メールを書いたりトイレに行ったり、今その瞬間瞬間にしていることに意識を向けているのだなと認識することができました。

30分ほど呼吸だけに意識を向ける練習も行ってみました。最初は様々な思考が巡ってしまいましたが、慣れるにつれて、まさに自分の生きている今・ここがいかに幸せであるのかを感じることができました。

少しずつではありますが、今ここに生きられるよう、精進したいと思います。

ありがとうございました。

「今を生きる・自分の生き方」問答一覧

人生後半戦の生き方

久々にご相談させていただきます。42歳になり、遅ればせながら授かった子供を育てつつ復職し、日々ドタバタながら楽しく過ごしています。 産前はなんとなく、仕事はある程度やり切ったな〜という気持ちもあったのですが、不思議と今は、社会人として人としてもっと成長したいという意欲でいっぱいです。人生後半戦ということで、生きる心構えについてお聞きしたいです。 先輩から、何歳までにこうなってやる!と目標を立てて、逆算して行動する大切さを幾度も説かれてきました。ただ自分は、これまで公私共に大きな目標はなく、常に、その時その時、自分がしたい事、成し遂げたいことにまっしぐらに進んできた、という人生です。その結果今があり、不思議とあまり後悔はしていません。 人生後半戦も、このようなスタンスで生きていいものでしょうか。それとも、これからはある程度大きな目標を持って進んだほうがよいのでしょうか。 これまで運やご縁、もしかしたら若さと勢いでなんとかしてきたので、難易度が上がる今後も自分の生き方がこれでいいのか、それとも着地点めがけて頑張った方がいいのか悩んでいます。 ご教授いただけますと幸いです。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

『今』を生きる事に集中したい

幼い頃から負の情報にとても影響を受けやすいです。 家族間や学校、職場での出来事はもちろん、特にメディアでの情報やニュースにはとても敏感です。 東日本大地震で被災してからは更に過敏になったように思います。 戦争や災害、陰謀論、気候変動、ワクチン、政治問題など。 こればかりは自分の影響力の範囲外の事ですし、先のことは誰にも分からないので悩んでもしかたない事だと理解はしているのですが怖くて苦しくて潰れそうになります。 そういった情報が目に入らないように使用機器の設定をしたり、テレビをつけずに過ごしたりと対策はしているのですが、たまたま目に入ってしまった時に呼吸が苦しくなってしまうのです。 恥ずかしい話ですが、北朝鮮のミサイル発射の速報を見て小学校や中学校だけでなく仕事を休んでしまったり、公共交通機関に乗れなくなったこともありました。 共感疲労というのでしょうか。 いつか家族が、愛する息子が、自分が、と次々に想像してしまい止められません。 そして実際に家族を失ったような喪失感に襲われます。 夢に出てくることもあり、正直それが一番辛いです。 残虐な殺され方を目の当たりにして現実で起きたような衝撃と感情で目が覚め、気持ちがリセット出来なくなります。 毎日何かに怯え、家事育児中もずっと頭の中が不安しかないのです。 常々『死』を連想してしまいます。 立て続けに身内を3人、急性の癌で亡くしているのでそれも関係しているのかもしれませんが。 こんな世の中に息子を産んでしまった事を後悔してしまいます。 この世は生きるに値しない気がします。 でも生きていくしかありません。 どうしたら今を生きられるようになるでしょうか。 まとまりの無い文章で申し訳ありません。 ご返答いただけると幸いです。

有り難し有り難し 11
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専業主婦に憧れます

こんにちは。 以前新婚時に相談したものです。 新婚時は夫どの関係に自信が持てず悩んでいましたが、昨年第一子を出産してからは全く気にならなくなり、それどころか家族との日々を過ごせることをとても幸せに感じています。 今回ご相談したいことは、私の仕事のことです。 私は公務員で役所勤務しています。育休や子育て支援制度も充実しており、今は週3日勤務で子供を保育園に預けながら働いています。 平日休みの日は子供は保育園に行くので、私の時間ももらえ、とても恵まれているのはわかっているのですが、子供が熱を出したときなど急な休みをもらわないといけないときなど、仕事をやめてしまいたくなります。 急に仕事に穴を開ける罪悪感、子育てがあるため仕事に全力を注ぐことができない罪悪感、仕事のことを気にしながら子どもと向き合っているもどかしさ… 私は両立が苦手のようです。 どちらにも100%の力を注げないもどかしさもありますが、何より子供を育て、家族のことを一番に考えながら平和な家で家事育児をして過ごす日々が幸せすぎます。 なので、いっそ仕事をやめてしまって家事育児に専念し、余った時間で今流行りの在宅でできるお小遣い稼ぎでもしたらいいんじゃないかとか思ってしまいます。 でも、やっぱり今の仕事は本当に恵まれているのも承知しており、そこまで高給取りではありませんが、長い目で見れば金銭的にも大きな差が出てきて、将来の子供の学費などの資金にも影響が出てくると思います。夫はやめるのは私の保障がなくなる意味でもったいないといいますし、私の親は辞めたとしても、専業主婦になっても辛いこと嫌なことはあるから変わらないといいます。 今の私はどのように気持ちの整理をつければいいでしょうか。

有り難し有り難し 22
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敢えてバランスを崩す

人生において、何事もバランスを取ることが大切だと良く聞きます。しかし何事も二面性(バランスを取ることによる弊害)がある中で、なぜその重要性が真理のような言い方をされるのでしょうか。 例えば、食生活のバランスを意図的に崩してみること(ときに、野菜のみ/肉のみ/炭水化物のみ、暴食/絶食、新鮮な食材/悪くなりかけの食材、普段食べない料理にチャレンジ等)は、自身の体の変化への対応力を身につけるためには有用である(むしろ健康を増進する)との考え方もあるでしょう。 また、常にバランスの取れた食事よりも、その時々で食べ物の美味しさ、有り難みに気づけるのもメリットでしょう。 意図的にバランスを崩すことは、仕事や学業や趣味、恋愛など様々なことにも有用と考えております。 何事もバランスが重要との言葉、信じて良いのでしょうか。(上記の例でいくと、長い目で見ると食生活のバランスが取れているとの見方も可能だと思いますが) 仏教ではどのような考え方をされるでしょうか。バランスは時間の経過とともに自然と取られるとの見方や、そもそもバランスを取るなど幻想、私の問い自体がナンセンスとの考え方もあるかと思います。是非お知恵を拝借させてください。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

今を生きる=悩む暇がないこと?

以前より、死の恐怖についてご相談させていただいております。いつもありがとうございます。 今年から仕事をはじめ、毎日必死に慣れない仕事をこなしています。以前と違って少なくなった休日は、友人との交友や趣味を詰め込んでいます。 そのような生活をしばらく続けていましたら、以前悩んでいた「死の恐怖」について悩む物理的な時間が殆どなくなっている事に気が付きました。 しかし、死の恐怖がなくなった訳ではなく、今でも偶に恐怖で叫び出してしまう事はありますし、将来のこと(今後のキャリアやライフプラン)について考える時にも、「死ぬ時、恐怖に震えながら死ぬのだろう」ととても悲しく、またとても恐ろしくなります。 これは、「今を生きている」のでしょうか?確かに、目の前のことに必死で、死について考える時間がないので精神は健全です。以前より充実していると思います。 ですが、人生の本質のようなものを蔑ろにしている気もします。今の生活はなんとなく、さまざまな問題から逃げている現実逃避のように感じます。人生は死からの逃避、という言葉をどこかでみました。私の人生は今、逃避なのでしょうか。 そこで、「今を生きること」と「現実逃避」の違い、「今を生きること」と「何かに夢中になり、悩む余裕がない」ことの違いが知りたいです。 また私の今の様な生活は、仏教やお坊さんのお考えからはどのように思われますか? 死に怯えるだけだった過去から、今の生活になったことは進歩でしょうか?これは、私の望む「死は悪くない、怖くないと安心して死ぬこと」に近付いていますでしょうか? お忙しいところ恐れ入りますが、知恵をお貸しいただけますと幸いです。よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 3
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ