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亡くなったばかりのじいじに会いたい

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大好きなじいじが2023年5月1日午後14:00に他界しました。89歳でした。
肺がんで進行が早く、口の中にまで転移していて、食べることが大好きなじいじでしたが最後の数日間は何も食べれず、飲み物しか飲めませんでした。
最後の最後まで‘お茶漬けが食べたい、ピザか刺身が食べたい’急に出なくなってしまった声を張って言っていました。
私たち姉弟に‘姉弟三人仲良くね’
私の彼氏に‘結婚式までとても生きれそうにないや’‘朱里のことをよろしくね’そう言って大泣きしていたじいじ。
ばあばは‘みんなが会いに来てくれて嬉し泣きしたんだよ’と言っていましたが、じいじどんな感情で涙したのかな。
今までじいじから一度も弱音を聞いたことはなかったですが、最後のほうには‘あかり、じいじ死にたい’と言ったこともありました。
‘朱里の結婚式までは生きたいやぁ’いつもそう言ってくれたじいじ。
どうしても叶えてあげたかった。じいじに一番見せてあげたかった。
急遽前撮りをお願いして、じいじの家で写真を撮りました。
その三日後に静かに息を引き取りました。撮影の日まで頑張ってくれました。
小学生時代、下校時にひとつ前の班で出ていたら亡くなっていた命。
心筋梗塞を二度もしていて、いろんなタイミングが合っていなかったら助かっていなかった命。
大きな交通事故をし、80%無理ですと言われた命。そのときは三途の川を見たと言っていました。
じいじは世のため人のために生きていたという印象があります。
どんなときも、生かされていたのかなと思えます。
楽しかった思い出しかないのに。笑っているじいじしか思い浮かばないのに。
どうしても、もっとああしていれば。こうしていたら。そんなことばかり考えてしまいます。
耳が遠かったじいじとあまりお話ができませんでした。
じいじは幸せだったか、みんなじいじのことをこんなに想っている。
話したくて伝えたいことがたくさんあります。
お葬式で読んだ【孫たちからのお手紙】ちゃんと聞こえていたかな。
私は何度生まれ変わってもじいじの孫でいたいです。
毎日毎日、じいじにあいたいです。

2023年5月24日 15:47

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

成仏ということ

あなたの大切なじいじが亡くなったのですね。心からお悔やみ申し上げます。
亡くなる数日間何も食べられなかったこと、あなたの結婚式に出られなかったこと、心筋梗塞や事故でも大丈夫だったのに、ついに亡くなってしまったのですね。本当に悲しいですね。せめて最後の写真が撮れて良かったですね。
あなたが、「もっとああしていれば。こうしていたら。そんなことばかり考えてしまいます 」と思う気持ちが伝わります。

でもね、私たちのいのちは「頂き物」です。その人、その人にもらったいのちなのです。100歳まで生きるぞと念じてもなかなか叶わないのです。
しかし、長くても短くても私たちは頂き物の人生を生きているのです。
そして、私たちは亡くなれば仏様になります。必ずなります。
仏教は、亡くなれば成仏するという教えなのです。だからあなたのじいじは「仏様」になっています。

そして、会えないけれども必ずあなたをお浄土と言うところから見守っています。
だから、あなたがじいじのお骨に手を合わせれば、じいじは「朱里、お参りしてくれてありがとう」と言ってくれるのです。

もちろん「孫たちからのお手紙」も聞こえてますよ。
私たちと仏様は必ず繋がっています。そう信じてこれからもじいじに手を合わせてください。合掌

2023年5月24日 23:44
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有り難し
おきもち

仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せ...
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質問者からのお礼

おもわず涙してしまいました。
本当にありがとうございます。
前を向いて頑張ります。

「亡くなった・死んだ人に会いたい」問答一覧

故人に会いたい、話したい

親しい仲だった友人弟を亡くして暫く経ちました。 以前質問をさせていただいた時からは、少しだけ気持ちが落ち着き、日常も取り戻しています。 そこで様々な疑問や思いが出てきました為、また聞いて教えていただけたらと思います。 まず、故人とはまたいつか再会出来ると言っていただけましたが、その再会とはどの様なものなのでしょうか。 魂同士で見た目は持たないのか、それとも最後に会った時の肉体の見た目(お互い20代、今の姿)なのか… 私が彼の訃報を受け、お参りに行かせていただいた時には既にお骨の状態でした。その事からか、未だに全く信じられなかったり、肉体への執着心が消えません。堪らなく会いたくなります。 また、無知なので何を言っているのかと思われるかもしれませんが、死後の動きは宗派によって異なるのでしょうか?宗派の把握はしておりませんが、私と彼の家の宗派が違う場合、いつかの再会は叶わない、という事はあるのでしょうか…? そして、彼に聞きたい事が沢山ありますが、特に聞きたい事として、私の事をどう思ってくれていたのか、私とどうなりたかったのか。 現在恋人がいる為、あまり聞くことでは無いと思いますが…私を想ってくれている様な発言を何度か受けており、けれどハッキリした言葉ではなかった為、いつか再会した時に教えて欲しいと思っています。会話は、出来るのでしょうか。 彼に会いたくなってLINEのやり取りやSNSのアカウント、前に一緒に遊んだ時の写真や動画を見ては、彼が居ないことが理解できない気持ちと、もう会えないのか…と強烈な寂しさで苦しんでいます。 記憶力がよくなく、昔遊んだ時の記憶はおろか、数年ぶりに再開した今年の春、初めて一緒にお酒を飲んでとても楽しい時間を過ごしましたが、その記憶さえも薄れています。 彼とのわずかな思い出を忘れる事が、今は1番の恐怖で辛いことです。介護職をしているので、何もかも分からなくなる認知症には絶対になりたくない、記憶があるうちに絶対死にたいと思っています。自死は選びませんが、どうか早くに、とにかく早く人生の幕が閉じないかと願っています。若いうちに彼に会いに行きたいとも。 めちゃくちゃな文章で分かりにくく申し訳ありませんが、また回答をお願いいたします。

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夫の包容力が恋しくてたまりません

夫を亡くしてもう少しで5ヶ月です。 共に過ごした12年間…喧嘩もたくさんしました。それでもなんだかんだ言いながら、私がたっぷり甘えていたのでしょう。仲良くやれていたと思います。 いまは一人で、二人の男の子を育てながら生きてます。というより、子どもが生きる理由です。 こどもの前では泣かないようにと思ってましたが、やっぱり無理です。それと、お盆に入って祭壇が設置されてから色々なことを思い出しては涙し、その都度子どもたちが慰めてくれます。駄目な母親です… 子どもたちを守らなきゃ!育てなきゃ!でいっぱいいっぱい。夫が生きてたときに子育てや色々なことに悩んだときは、『そんなに頑張らなくていいよ』と沢山抱きしめてくれました。 夫の大きな体で、包んでもらったぬくもりが忘れられません。寂しくてたまりません。寂しくなったら子どもたちを抱きしめてますが… きっと甘えなのでしょう。女性としての本能なのでしょう…大きな体で包んでもらいたい…そんな不謹慎な気持ちが浮かび、自己嫌悪です。人間として普通なのでしょうか。それとも、自分が単なる欲求不満なのでしょうか。 今後誰かと恋愛したりとかそんなことは、全く考えてませんが、この欲求がどうしたらおさまるのかわかりません…。もう一度会いたいです。

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3ヶ月前に亡くなった母に夢で会いたいです

3ヶ月前に自分の誕生日に母は亡くなりました。去年5月末に脳梗塞で倒れて救急車を呼び入院しました。人工透析をはじめるために引っ越して8ヶ月に入った頃でした。それまでは足が悪くてエレベーターなしの3階に住んでいていよいよ透析をしなきゃいけなくなり1階の介護タクシーさんに来てもらえるマンションに引っ越したばかりでした。週3回透析に行かないといけなくなり私も仕事抜け出して透析のお迎えに行ったり大変でしたけど私は母といられる時間が幸せでした 母は若い時から苦労ばっかりででも愚痴ひとつこぼさずいつも明るくいてくれました。一生懸命働いて女手ひとつで私を育ててくれました。だから私は母にしてあげたい事が沢山ありました。若い時に無理してきたので晩年は病気ばかりでした だから母の介護で母の側にいられる事が本当に幸せでした。新しいマンションで頑張って透析しながら頑張ろうねと言ってた矢先でした。半年程入院してほぼ寝たきり状態になり記憶障害で私の顔が理解できなくなり日常生活にしていた事ができなくなりました。入院した病院もよくなかったです。コロナで面会もほぼできなくて病室にも入れず辛い日々が続き半年後に急に亡くなりました。自分の誕生日に亡くなるなんて私は兄弟もいませんし結婚もしていないので本当にひとりぼっちになってしまい毎日泣いてばかりです。辛くて仕方ありません。母にもっともっとしてあげたかった後悔ばかりです。最後まともに会話ができなかったです。だからせめて夢でもいいから会いたいです。

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亡くなった祖母に会いたい

大好きだった祖母が90歳で亡くなりました。 祖母はわたしの家の近くに住んでいました。 幼き頃風邪をひいた時に預けられたり、学校が早く終わったら祖母の家に帰ったり、祖母の家に電話をかけたり、祖母の作った野菜をもらったり…成人してからも祖母の家に行き他愛もない話をしてコタツで祖父母とお昼寝をしたりしていました。 いつでも祖母に会える安心できる心地の良い場所、それが祖母の家でした。 祖母は数年前から認知症のような症状が出てしまい体調を崩していました。 祖母の家に行きおむつを交換したこともありました。 その後、症状が悪くなり病院に入院したときにはお見舞いに行きました。 さらにその後、祖母は病院から退院して施設に行きました。しかしコロナ禍でお見舞いに行けたのは数回でした。 施設に入所した時には認知症の症状も進み、元気だった頃のように話せなくなっていました。 でも生きてさえいてくれれば、またいつか元気になってあの頃のように笑い合える、話せるのではと思っていたのかもしれません。 しかし数日前祖母が亡くなってしまいました。今は葬儀を終えたところです。 施設から家に帰ってきた、亡くなった祖母を見て、あまりに穏やかな顔だったのでまだ眠っているだけなのではないかと思ってしまいました。 納棺で体を拭くときも、葬儀でお別れをいうときも祖母はまだここにいる、と思っていました。 しかし、火葬場で焼かれ骨だけになった祖母を見て、もう会えないんだと思いました。 この世界のどこに行っても、大好きだった祖母の家に行っても、祖母に会えないと思うと悲しくて涙が出てきてしまいます。 祖母の声、笑顔、全てが忘れられません。 わたしは、何かを後悔してるとか何かをしてあげればよかったとかそういう思いやりのあることを考えているのではなく、ただただ自分が寂しくて、わがままに、祖母に会いたいと願ってしまっています。 祖母にもう会えないというのが寂しくて、祖母の死を受け止められません。 どこに行けば祖母に会えますか。 祖母に会いたいという気持ちはどうしたらなくせますか。 何かお言葉をください。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ