赦して欲しい
昨今、「こいつは実はこんな悪いことをしていた!」というニュースをよく目にします。それに伴い、「こいつはこんな悪い奴だから何を言ってもいいのだ」とばかりに言葉の石を投げる光景も。
巷を賑わせている、既に亡くなってしまったあの人のように最後まで悪業を改めないのならまだしも、「悪いことをしてしまった」と反省して前を向いて頑張っていたとしても一生悪人のままなのでしょうか?
私は最近、なるべく身の回りで起こることを赦していこうと思うようになりました。というのも、私自身後ろ暗い過去や墓場まで持っていきたい秘密があります(現在進行形でしている悪さはない…と思いますが)。私が赦して欲しいからこそ人を赦していこうと思っています。
しかし、これからどう生きていても、過去が変わらない以上一生悪人のままなのか、それを知らずに私を慕ってくれている人たちを騙しているのか、とても不安になります。
誰かにこれまでの私を赦して、肯定してほしいです。何か私の考え方や生き方に誤りがあれば教えて欲しいです。そして、これから真っ当な人生を歩んでいけるように見守っていただきたいです。
相談とは違う内容かもしれませんが、是非ともお答え願いたく存じます。よろしくお願いいたします!
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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どんな自分も受け入れていけばいい。私は仏様に教わりましたよ。
今までの質問も読ませてもらいました。あなたは、自分を律して生きなければならないと、がんじがらめになっているのではないでしょうか。
質問にありますように、人間は正義を誇り悪を許さない、そんな流れに乗ると、集団で叩き排除しようとする。問題の本質をちゃんと理解した上での行動なのか。よく見極めねばなりませんね。
私たちの生き方も、失敗と成長の繰り返しなのでしょう。誰にも迷惑をかけず生きてこられた人がどのくらいいるのでしょうか。そんな人はいないんじゃないかしら。生まれた時から、何も出来ない赤ん坊の私に世話をして育ててくださった方々がいて、今があります。泣いて怒って、受け入れられ 許されて生きてきました。
多くの命をいただいて、その上に、この私がいます。人間は、何一つ、罪など作らず、生きている人なんていないのです。
そのような者だからこそ、救いの手を差し伸べてくださるのが仏様だと、仏法は説いていますよ。どんな者も見捨てない。だから、こうして安心の中で生きていられるのです。
それがわからない人は、自分のことは棚に上げて、相手を責めるでしょう。
いつでも、我が身を振り返りながら、仏様に照らされながら。どんな自分も受け入れていけばいい。そんなあなたなら、誰かのつまづきにも、手を差し伸べられるでしょうし、許される道を一緒に歩いていける。
私は、それを仏様に教わりましたよ。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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