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人を信じる心、自分を信じる心

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有り難し有り難し 19

いつもありがとうございます。前回の続きです。
大切な存在についてお話しします。
私が話したことにじっと耳を傾け、うんうんと頷き、逆に尋ねたことには一言二言、その先のいろんなことを教えてくれます。
問診が大切な仕事でもあり、1つ言うと、いろんなことを思い巡らせてくれる様子です。
そしてHSPなのではないかと言うほど、共感性が高く悲しい話をしたあとは、顔がこわばるほどです。
私のみでなく他の方に対してもその個性を活かし、対人援助職としての活躍につなげている様子です。
どうしてここまで、その方は私に親切に寄り添い、助けてくれるのでしょうか。仕事として、そして…

ある時、ちょっとした仕草に不安を感じ、日を跨いで後日別の機会に「私のことを無意識に嫌いなのではないかと…」と、二人きりの場で打ち明けたところ、苦笑いを浮かべて「考えすぎですよ」とポンポン肩に優しく触れ、「嫌いだったら、ここまでしてません。僕は大丈夫です」と、一生懸命身振り手振りで、打ち解けてくれました。

私が日頃の忙しさで時間に追われ、やらなきゃいけないことで頭がいっぱいの時は「リラックスしましょう」とそっとしてくれたり、趣味のピアノの話を聞いてくれたり、彼の家族関係についても教えてくれたり、そして勤務予定・休みの日についても「僕が合わせるので、空いているタイミングを先に教えてくれたら」と積極的に繋がろうとしてくれました。

またあるときは家に帰る直前、
「凍てつきそうです。どうしたら生き延びられますか」「大丈夫です。何かあったら、連絡ください」と見送ってくれました。

お互い仕事が忙しく、私の体調を支えてくれる分、不摂生が続いて心配な食生活において、何かできればと差し入れを続けています。

志も向上心も、精神的なしなやかさもある優しい人です。
ただただ、燃え尽きずに元気に貢献してほしい。
ひとりの医療従事者として、協力の絆に満ちたチームワークをバネに、ひとりでも多くの患者さんから必要とされ、支えになる唯一無二の存在として自己実現を叶えようとしている勇敢な人です。
その姿を陰から応援できることが、今の私にとっての最高の幸せのひとつです。
とはいえ、まだまだ知り合ったばかり。
まめに時間を取って、周りの存在が関係を育んでくれることに感謝しながら、自分を癒やすことも併行しつつ、毎日を心豊かに過ごしていきたいです。

2023年12月15日 10:24

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

その方に依存してしまわないように。一緒に歩いていけるように。

素晴らしいなと心から尊敬できる人の存在は、こちらまで元気や勇気を、そして大きな安心を与えられますね。

焦らず、ゆっくりと、心地良い距離感を大切にしていきましょう。そして、その方に依存してしまわないように。一緒に歩いていけるように。あなたも、精神的な自立を。
それが、関係を保ち続ける秘訣よ。

その方の話をされている時の あなたは、とても穏やかですね。文面から伝わってきます。今の幸せを大切にね。

2023年12月15日 23:58
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有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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質問者からのお礼

ありがとうございます。
共依存、相手方にとって避けるべき存在とならないように、今一度私自身、道を踏み外さないよう自分を保っていきたいと心に留めておきます。

数年前に、私が施術業を通じて知り合った女性の親友は、「良き学び合いが出来ますように」と、真の友人となれることを願ってくれています。
彼女は十年かけてリカレント教育、専門学校への入学を叶えました。その親友を私は誇りに思うと共に、ストレートに大学から鍼灸師となった彼、歳の近い三兄弟の真ん中である、生家はとても大きな姓であること…少しずつ、明らかになる私との生い立ちの違い…知れば知るほど、考えれば考えるほど隔たりがあります。

私も、職人家系の生まれで、才能と努力型の人間であり、彼は「僕だけまだ、一人も指名がない」中、私からの指名をきっかけに今とても「自らの良いところ」を出せるようになった変化を感じています。(私は、彼と同じ頃には、指名一位でしたし、彼はそれを聞いて何かを渇望している様子でした)

人が持ちうる可能性を引き出すことにおいては、私はコーチングや教育関係の経験者なので、母性本能をくすぐられる相手でもあり、上から目線の姉御肌がそのまま出ることもありますが、彼は本当に素直に、嬉しそうにエールとして叱咤激励を喜んで受け取ってくれます。

ありのままの私でいられ、相互に支え合い、成長し社会貢献・自己実現できる関係、そんなご縁をこれからも大切に育んでいきたいと願っています。

ご回答、本当にありがとうございました。
おかげさまで、多くなり過ぎた息継ぎのタイミングを、いったん空けることができました。毎日毎晩のように、顔を見ずにいられなかった焦燥感のようなもの、繋がりを強くせねばと足繁く距離を詰めていた勢い、それがふっと軽くなりました。と同時に、彼一人ではなく、他にも私にとって、支えてくれる存在がいることにも気がつけました。周りにいい人がたくさんいます。心の視野を広くゆとりを持つことが、自他にとっていかに大事か、昇り過ぎた熱を冷まし、吹きこぼれる手前の差し水となるブレーキ、本当にありがとうございました。

私はこの二十年あまり、ある存在(奪う人)と共にいたことで、自分自身をどんどん、無価値で認められなくなる危険な心境・渦に巻き込まれたような感じで、心から血を流し続ける一方でした。それが当たり前で育つと、相手がそれを望んでいなくても、それに安住してしまう怖さも思い知りました。そのことで重い枷をかけた相手にも、心底申し訳ない限りです。

本当に、お互いが原因でお互いを傷つけ合い、不幸な鎖で相手も病に苦しみ、私も脈が乱れて命からがらのところまで来た崖っぷちで、救う人=与える人との出会い、そして「与えると受け取るがバランス良くできるスタンスの人」の相互交流を通じ、実は私自身に、良い流れを引き寄せたり、組織を変えたり、素晴らしいと認めていただける「本来の姿」があることを、新たに見つけられたようなこの数日でした。これらは、お寺のお坊さんおかげです。

奪う人も与える人も、どちらも大切な何かを教えてくれた有難き存在です。苦労を知らなければ痛みがわかりませんし、決して無駄ではなかったと感謝しています。子どもが一人、大人になるまでの時間ですから、かなりの長期間その状態になれてしまった痛手と、深みがあるほど、抜け出すのにも時間と労力、責任も含め、多大なエネルギーが生じます。それもまた、人生は思い通りにいかない、一切皆苦とわかれば、悲しみも虚しさもなく、諸行無常そのものです。

ここのところふっと浮かんだ、ギブ&テイク、与える人か奪う人か、それともマッチャーか、というビジネス論にも学びがありました。

なぜ、彼のどこかに違和感を感じるのか、自分を信じてよいか、信じられる人か、自分のどこかに何か麻痺していないか、お互いの凹凸が合わさるから急速に絆が太くなりつつも、そこに危うき盲点や落とし穴はないか…

自分は情を注ぎ続けてしまうきらいがあるので、自己犠牲の沼に陥っていないか、今一度俯瞰して、彼一人だけではなく、他にも有難い存在がいることも念頭に置き、日々をゆるやかに過ごしていきたいです。

想いが募るあまりに「自分が選ばれること」に熱中してしまうと、自分に足りないものを自覚せざるを得ない現実に直面し、減点思考に陥りやすく、枯渇して余裕がなくなります。それは、彼を見ていても同じです。自分の能力を認めてもらいたい気持ちが強くなり過ぎて、相手の事情や立場を考えた提案ができていない危うさ、北風と太陽の北風になっている節…「その行動は危ないよ、偏っているよ」と真の友人として、腹を割って話す機会を設けるつもりです。

十分に努力し、頑張り過ぎて倒れるまでほど走り続けるようなありのままの自分を認め、それだけの私には選べる自由もあることを信じ、「これしかない」と狭い視野に陥らず、「駄目なら駄目で、他の手もある」と高いポジションに自分を保っていきたいです。

私の周りの本当に器の大きな偉人と呼ばれる存在は、鷹揚さがあり、寛容・包容力のある方だとも実際のご縁から知っています。

お互いに支え合える関係として、男女の性別の垣根を越えて、優れた者同士の通じ合う気脈を大切に治療学を実践していきたいです。
今後ともよろしくお願いします。
末筆ながら、皆々様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。合掌

「人を信用できない・信じられない」問答一覧

息子の彼女が妊娠しました。

息子23歳、彼女25歳です。 昨夜、付き合っている彼女が妊娠した責任をとって結婚すると言ってきました。私にはこの先に、不安しかありません。 息子は社会人1年目、当然、収入は、パートナーと子供を、部屋を借りて養えるような収入ではありません。 この1年も、家にお金を入れることなく、全て使いつくしている状態です。何に使っているか不明ですが、ギャンブル等はしていません。 彼女は20歳から働いているようで、ただずっと実家暮らしなので、同様に稼いだお金は自由に使ってきたようです。 息子の収入だけでは無理という理解はお互いにあるようで、育休をとり、職場復帰をするとは言っているようですが、同じ会社ではありますが、ポジションが違うため、彼女の収入は息子より多くはないと思います。しかも本当に会社に戻れるかわからない。それは、子供が生まれてみないとわからないこともありますが。 その経済観念がない2人が、子供を育てて、生活できるのだろうかというのが心配です。 綺麗事を言っても、結局はお金の問題で喧嘩となるのは良くあることで、更に二人は、お金に苦労して育ってはいないので。 相手の親御さんには、反対こそされなかったけど、おめでとうとは言われなかったと。 私も本音は、堕胎して欲しいと思っています。 息子の親の立場から考えると、彼女は20代を息子より2年間自由に過ごしてきた、 なので、女性であり年齢的にも、あと数年自由にできなくても我慢できるだろうと。 息子はまだ23歳でこれから仕事にも集中し、プライベートも楽しく過ごせる時期に、自由がなくなってしまう。その4,5年があり結婚して欲しかった。 この年齢で、結婚した人たちが、30代になり離婚しているのを、身近で多く見てきています。早くに結婚したらそうなるよなと今までは他人事でみてきました。 私も24歳で中絶しています。その時の相手とはその後、4年近く付き合いましたが、別れました。 当時の相手の収入は、苦労なく生活できるレベルでしたが、さまざま考えで今は無理と判断しました。 私はそれで良かったと思っています。 また息子の時は、産休だけで仕事を再開し寝ずに仕事に行ったことなど大変な事もありました。 息子達と私の考えは違います。 ただもう不安で食欲もなく起き上がれず、これがずっと続くかと思うと自分の身体も不安になります。どう考えたらいいでしょうか。

有り難し有り難し 4
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何を信じて生きていけばいいかわからない

家族や仕事のトラブルから引きこもりに近い状態になってしまいました。今は人の間で生きることが怖いし、どうすればそんな今を脱却できるのかわかりません。 昔はよき人間であろうとしました。自己啓発にも取り組んだ方だと思います。仕事でもいい職業人であろうとして、出来る限りの努力はしたつもりです。でも結局中途半端に聞き分けのよかった分か、都合のいい人として傷つけられるだけでした。 家族の間においても、仕事においても、あったことをなかったことに、なかったことをあったことにされることが続き、責められ、ある時から患っていたうつ病が完全に悪化してとうとう何もできなくなってしまいました。 最近は、ほぼ引きこもって各種手当で生活をしています。それでも足りない部分があり、嫌々ながら親に頭を下げ、いただいたお金も使っています。そんな自分も嫌いになりつつあります。 また働くにしろ、もう仕事に本気にはなれないし、見合うお金がもらえるかもわからない。何よりもう都合よく扱われたくない、あることないこと、あったこと・なかったことで傷つけられたくない。すべてが怖いです。でもこのままじゃ生活することだってままならない。それでも何かしようとしても心も体も動かず、本気になれない状態です。 そうこうしているうちに、自分が良いと思っていることは本当に良いのか?「誰かにとって都合が良い」からそう教え込まれた、そう思わされているだけではないのか?そんなことを思うようになりました。 例えば道徳として、「悪いことをしたら謝る」というものがあると思います。自分もそう教わりました。でもそう教えたはずの親も、社会に出てからは周りの人間も、そんなことをする人はいませんでした。それを守った私がいいようにされるだけでした。 かといって、人を騙し、人を食らうような生き方をすればよいのかとも思いましたが、それもできませんでした。 もう何が正しいのかもわかりません。何か自分にとって現状を打破することをしようとしても、それは「誰かにとって都合のいいこと」であって、本当に「自分にとっていいこと」「自分が望んだ、願ったこと」なのかと思うとブレーキがかかってしまいます。 何がいいことで、何が悪いことなのか。これから何を信じて、どう生きていけばいいのか。どうすればまた社会に出られるのか。何かアドバイスをいただけたら嬉しいです。

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同性異性問わず人を信じられません

 はじめまして、ロトウと申します。  同性異性問わず信じていた人達に裏切られた過去から人を信じられません。  その為、過去現在の中で親しい人間はいなかったと断言できます。  まず、異性についてです。  小学生の時に好意を抱いてくれた女子がいましたが、その後彼女に当時の自分が大事にしていたものを「キモい」と言われたことから、子ども心ながら女性不信が根付き始めたようでした。それ以降女性と関わることに忌避感を抱き、異性に対し積極的になることができませんでした。  次に、同性についてです。  中高で自分が親友と思い込んでいた男子と当時仲良くしていましたが、大学以降は徐々に疎遠になりました。成長による価値観の相違は受け入れていましたが、当時約束していた旅行を反故にされたことを裏切りだと感じております。  以上が自分が人を信じられなくなった経緯です。  彼らの本質を見抜けず盲信した自分の愚かさに常々嫌気がさします。  周囲から「過去に縛られなくていい」と慰めのお言葉を頂くこともありますが、心に強く根付いた人間不信が原因で生きづらさを抱えています。  自分が大切に思える誰かがいない自分は生きるべきではないのでしょうか。ご回答お待ちしております。

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他人を信用信頼できない事と言う壁。

過去のトラウマが原因で人間不信に陥り他人を信用信頼できなくなってしまい、極力他人と関わらないように生きてきましたが、前向きな人生を歩みたく環境を変える為に移住を決意し、今年から移住活動を始め自身の苦手と自負している交渉ごとを試行錯誤しつつも自治体や賃貸物件の家主ほか関係者との話し合いを重ね、ようやく賃貸契約を結ぶ直前まで事を進めてきました。 契約に関しては空き家バンクを通して地元不動産業者の仲介のもと執り行う予定でしたが、先方家主様から個人間契約をお願いしたいとの旨の連絡があり渋々応じることにしたところ、先方家主様に主導権を握られた感じとそれに伴う強引な押し?が心なしか不信感になりつつあり、先方家主様の言いなりに条件等を丸め込まれる予感に苛まれすごく不安になっています。 去年も一念発起の思いから移住活動をした経緯がありますが、同じような事柄から結果失敗に終わってしまい、失敗した原因を自己分析しあらゆる事に注意、留意をしつつ進めてきたので今回は成功に結びつけたいと強く思っています。 この文面では情報が乏しいと思いますが、よろしければご意見やアドバイスをして頂ければと切に思っております。 どうか移住成功に向けお力添えを宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 3
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信頼していた医師

前にもお話しした10年前から診て頂いている医師とのことで悩んでいます。昨年の今頃は手術をすることが決まりそうで親身に今後について説明をしてくださっていました。最近は診察をして頂いても前のように質問がしづらくなりました。診察時も世間話もしたり緊張を解くような事をしてくれたりしました。11日に診察に行った時も治療すべきことは終わったかのような感じがしました。この先生がいなければ私は今、この世にいなかったかもしれません。素っ気ない診察でした。もう、治療することのない患者だからどうでも良いのかな?とあの日から思い続けています。信頼していた医師で‥。過去形になってしまっていますが本当に忙しくても話しを聞いてくれた時もありました。術後の回復が遅く心配で連絡くれたりして感謝しています。私はちょっとした相手の対応に敏感で何か気に障る事をしてしまったのかな?とか。他の病院に私の病気を診れる先生もいると言われ。その時は「そっちに行けと言ってるわけじゃない」と言われましたが。今の医師は定年を迎えているのでいつまで診てもらえるか分かりません。どんなに遠くても今の医師に診てもらいたい気持ちはあります。経過観察のみの患者は 循環器専門病院では用無しなんでしょうか?助けてもらった命を無駄にしようと 考えている自分がいます。忙しい先生だからと分かっています。でも、嫌われた患者と思い始めた自分を止められません。どうすれば割り切れますか 死んでしまいたいくらいです

有り難し有り難し 19
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ