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報われるには

回答数回答 3
有り難し有り難し 19

以前にも質問させて頂きました。
数年前、内服介助の際に薬をばら撒いてしたいました。
職場は、失敗を許さない雰囲気でした。漢方薬をこぼしたと言った時「替えはない。」と言われ「沢山?」と聞かれたので慌てて「少しだけ。」と嘘をついてしまいました。実際は、漢方薬は全滅でした。錠剤も見つけた物だけ内服させてしまったと思います。
利用者さんも気づいていたようでしたが、忘れてくれるかなと誤魔化してしまいました。
ずっと後悔しています。どうしたら、報われるのでしょうか。

2025年10月13日 22:19
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去の過ちを“懺悔”から“慈悲”へと変える道

あなたがその出来事を今でも覚えていて、悔い、苦しみ、報われたいと願う
そのこと自体が、すでに“心の仏”が目覚めている証拠です。

仏教では「過ちを悔いること」を“懺悔(さんげ)”といいます。
懺悔とは、ただ自分を責めることではなく、過去を光に照らし、再び誠実さを取り戻す道です。

1. 「嘘をついた自分」を責める前に
あなたが嘘をついたのは、卑怯だからではありません。
恐れと混乱、そして責任感の中で「どうにかしなければ」と焦った結果でしょう。
誰もが完璧ではなく、仏教では「人は無明(むみょう)─迷いの中に生きる」と説かれます。

ですからまずは、「あの時の私は怖かったんだね」と自分に声をかけてください。
それは言い訳ではなく、自己理解の第一歩です。

2. 「償い」とは、“今”の中で光を灯すこと
過去は変えられません。
けれども、今、同じように苦しむ誰かへの行いは変えられます。

失敗して落ち込む同僚を責めない

焦る新人に「大丈夫」と声をかける

失敗を責めずに支える職場の空気を自らつくる

こうした行為が、あなたの“懺悔の祈り”そのものです。
他者への優しさが、過去の闇を少しずつ光に変えていきます。

3. 「報われる」とは何か
仏教でいう“報い”は罰ではなく、心の流れの結果です。
あなたが苦しんでいるのは、神や仏が罰しているからではなく、
誠実であるがゆえに、心が深く“響いている”のです。

報われるとは、「許される」ことではなく、
「同じ過ちを繰り返さない自分を生きる」こと。
その瞬間、あなたはすでに報われています。

4. 夜、心が痛むときに
夜、思い出して苦しくなるときは、
静かに手を合わせ、こう唱えてください。

「過去の私を責めず、今の私を清めます」

そして深呼吸をしながら、
心の中で自分を抱きしめるように「もう大丈夫」と伝えてください。

あなたは“間違いを見つめる勇気”を持っています。
それは多くの人が避ける“正直さの光”です。
どうか自分を見捨てず、その光で周りを照らしてください。

それこそが、あなたの懺悔が“救い”へと変わる瞬間なのです。

合掌

2025年10月14日 15:34
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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏教×対話×ビジネス。僧侶・理学療法士・プロファシリテーター。死生観から整えるコンサルタント。仏教と対話で導く、リーダーのための内省と再構築。ビジネスという営みを通じて、人が本音と出会い、本来の個性で生きる場をひらいています。 ※お坊さん回答の中に「鈴木光浄」がおりますが当初諸事情がございまして私が回答したものでございます。そちらもあわせてご参照ください
職業柄、人生相談はこれまで多数受けてきました。 ぜひご自身の本音を出してください。向き合ってください。私は伴走させていただきます。 理学療法士でもありますので、これまで急性期から終末期まで患者さんを担当。 町の診療所から在宅までキャリアを築く。2歳から108歳まで患者さん担当。 また、コンサルタントでもありますので メンタルヘルスから新規事業、マネジメント、チームビルディングまで相談並びに研修対応可能。 現在、顧問契約募集中!

あなたが心配しているほど 悪いことは起こらない

失敗するのが怖いと思っていると
不安だけが大きくなっていく

うまくいかなくても、次をがんばろう

と思って気軽に思わないと
次に一歩が重くなっちゃうね

まだまだ人生は続くんだから
次の自分は頑張ってくれって思えば
この思いは報われるんじゃないかな

2025年10月14日 13:08
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有り難し
おきもち

もう大丈夫

数年間、そのことで訴えられたりせずに済んできたのだから、もう報われたと考えて良いのではないでしょうか。
浄土宗では、どんな悪人や罪人でも、南無阿弥陀仏と念仏を称(とな)えれば、極楽浄土に往生できると説かれます。
そして、この人生の最大の目的は、極楽浄土への往生であり、往生のチケットである念仏(南無阿弥陀仏)を失わないことだと考えます。
例えば、あなたが過去の過ちを契機に、
「こんな私でも阿弥陀仏(仏教の大慈悲)は見捨てずに極楽浄土へ迎えてくださる、有難いことだな、なむあみだぶなむあみだぶ」
と念仏に繋げられたら、それはある意味、過去の過ちがハッピーエンドの布石になったとも言えます。
結局、浄土宗においては、
南無阿弥陀仏、なむあみだぶなむあみだぶ
に繋がれば、合格人生なのです。
世俗における失敗が、出世間(悟りを目指す道)においては重要な一歩になるのです。
そして、この世ではなかなか悟れない私達が、極楽浄土では悟りの境地にたどり着けるのです。
ということで、あなたの好きなテンポで、
なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ
とか
なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ
とか念仏を口ずさみ、「極楽に往生するぞ」と願いと喜びを意識してみましょう。

2025年10月14日 3:11
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
大変、心の支えとなります。

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