日常生活と禅
はじめまして。
在家の立場で仏教、とくに曹洞宗の禅を学び始めた者です。現在は仕事を持ち、社会生活を送っています。
長年、自分の不安や生きづらさは、将来に対する過度な先読みや心の投影、そして同じ考えを繰り返してしまう反芻的な思考から来ていると感じています。
自分は何者なのか、人生や仕事の方向性、選択や責任などについて、考えすぎてしまう傾向があります。
また、生活のリズムが乱れると――たとえば睡眠が不規則になったり、SNSを長時間使ってしまったり、一人で過ごす時間が増えて閉じこもりがちになったりすると――心の状態がさらに不安定になることにも気づきました。
怠けることなく、規律と継続性を大切にしながら、一日一日を「今」に集中して生きていきたいと思っています。
将来的には不安が和らいでいくことを願っていますが、何よりもまず、曹洞宗の禅の考え方をもとに、日常生活を具体的に整えていく方法を学びたいと考えています。
そこでお伺いしたいのですが、
• 曹洞宗の禅では、将来への不安や考えすぎ、反芻的な思考(妄想)にどのように向き合うのでしょうか。
• 在家の修行者が、日常生活の中で大切にすべき基本的なポイントは何でしょうか。
• また、坐禅や生活のリズム、睡眠、仕事との向き合い方など、**具体的な一日の過ごし方や、簡単な生活の指針(ルーティンやプラン)**があれば、ご教示いただけますでしょうか。
初心者のため至らない点も多いかと思いますが、日々の生活の中で「今」に集中して生きていくための、実践的な助言をいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
坐禅と本をおすすめします
曹洞宗の禅の考えをもとに日常生活を具体的に整えていく方法を学びたいということですが、在家の方にそうした関心を持っていただけるのは、曹洞宗の僧侶としてこれほど嬉しいことはありません。
ご質問の内容すべてにここでお答えすることはできませんが、私自身の経験をもとにできる範囲でアドバイスしたいと思います。
あなたが将来に対する不安や妄想に心を乱されたくない、今に集中する癖を身に付けたいということでしたら、何と言っても坐禅をおすすめします。
グーグルなどのIT企業が瞑想を社員の研修プログラムに取り入れているように、その効果は科学的にも証明されています。
一柱(線香一本が燃え尽きる時間、40~50分)行うのが基本ですが、時間がなければ30分あるいは15分でもいいので、毎日続けましょう。
継続するために、あるいは気分転換のために、近くのお寺などで開かれている参禅会に通うのもいいでしょう。
あなたが現在、どのような形で曹洞宗の禅を学ばれているかわかりませんが、独学で学びたいという方へ、数ある入門書の中から「禅のすすめ 道元のことば」(角田泰隆著、角川ソフィア文庫)をおすすめします。
定評がある本なので、ほかの僧侶の方からも賛同を得れるものと思われます。
道元禅師の著作に残された言葉や、禅に関する書物の記述、そして著者自身の体験談を交えながら、只管打坐、修証一等といった道元禅師の教えの内容とその現代的な意義を明らかにしています。
坐禅の仕方や日常生活に生かすべき教訓なども、項目を立てて言及されています。
曹洞宗の禅の教えを原典から学びたいということでしたら、道元禅師が生涯をかけて執筆した「正法眼蔵」にとどめを刺しますが、何と言っても難解で、常人には歯が立ちません。
こちらも一般向けに、道元禅師が弟子たちに説き聞かせた言葉を弟子の懐奘が筆録した「正法眼蔵随聞記」をおすすめします。
筑摩書房や講談社から現代語訳の文庫本が出版されており、現代語訳だけなら1日あれば読めるでしょう。
私の座右の書でもあり、これまでに何度も読み返しています。
仕事にどう向き合えばよいか、毎日をどう過ごせばよいかといった質問に対する回答(あなたの場合に当てはまる回答)は、こうした書物を読んで学ぶ中で自然に見つかるものと思われます。
以上、多少なりともご参考になれば幸いです。
『摂受(しょうじゅ)』。
はじめまして。浩文(こうぶん)と申します。
ご質問の内容は、曹洞宗や禅に限ったことではなく、様々な宗教や流派が扱ってきたテーマであると思います。
端的に申し上げると
『汝自身を知れ』
という言葉があるように、
自身のなかにある問題について
それらを闇雲に解消したりするのではなく
『よく見よ』と説くのです。
仏教はもちろん、キリスト教でもイエス自身が『よく見なさい』と繰り返し言っていますね。
ひろさんには
抜きがたい不安がお有りなのですね。
まずは不安を形だけでもいいから
毎朝、「そうか、不安なんだね。」と認めてあげることから始めてみてはいかがでしょうか。
「ひろ、お前は不安なんだね」と
曹洞宗で言うならば
朝、1分でも5分でも坐禅を組む、
お香を焚く、
水を飲む、
外に出て歩く、
息をするように簡単にできることをやるうち
「ひろ、お前の不安はどこから来るのか知りたいと思わないか」
と考えるようになると思います。
不安には必ず原因があります。
仏教ならばそう言うでしょう。
原因と結果の因果関係を説くのですから。
「そうか、だから自分は不安なのか」
とひとつひとつ本当に腑に落ちれば不安は解消するとさえ、仏教は示すようです。
自分とは何者か、という問いは
人や世界とどう関わって生きていくのかという問いと同義です。
自分とは、あらゆる他人との関わり方でできた集合体だからです。
ですからおっしゃるように1人の時間が長いと心が不安定になりやすいのだと思います。
曹洞宗は偈文が多いです。
修行道場では日常生活で何をやるにもいちいち偈文がありまして、
その基本は「摂受(しょうじゅ)」であると思われます。
受け容れ、『受容』ですね。
自身に向けては
「不安なんだね」と認めてあげることを。
外に向けては
「この不安はどこから来るのだろう」と問いを突きつけることを。
私は、教示などということはできませんが
一緒に考えることはできます。
ひろさんの不安の解消はその先に必ずあると信じています。
どうかそのような仲間を見つけて
問いと実践を育んでください。
曹洞宗は一枚岩ではなく
様々なアプローチで説いておられる、様々な師と仲間がおられます。
他の宗派の方々についても然りです。
ご参考いただければ幸いです。
南無大慈大悲哀愍摂受 合掌
質問者からのお礼
このたびは、ご丁寧で深いご回答をお寄せいただき、誠にありがとうございました。
お時間を割いてくださったこと、そして具体的で実践的なご助言に、心より感謝申し上げます。
在家としての日常生活の中で、曹洞宗の禅をどのように生かしていくかについて、現実的かつ誠実に示してくださった点に、特に心を打たれました。決して安易に簡略化することなく、同時にとても分かりやすく伝えてくださっていると感じました。
ご教示いただいた坐禅の実践や書籍についてのご助言を、大切に受け止め、注意深く実践していきたいと思います。先生のご回答は、私にとって、無理のない、正直でまっすぐな修行の方向性を確認する大きな助けとなりました。
あらためまして、温かいお心遣いとご指導に深く感謝申し上げます。


