ご祈祷料の表書きの誤りについてのご相談回答受付中
先日、ご縁のあるお寺様(真言宗醍醐派)にて安産祈願のご祈祷を賜りました。その折、私の不勉強から、御祈祷料をお納めする封筒の表書きを誤って「初穂料」と記載してしまいました。本来であれば「御布施」や「御祈祷料」とすべきところを、神社の作法と混同してしまった次第でございます。
このような失礼をいたしましたこと、大変恥ずかしく存じております。また、この非礼により、妻や子どもに何か障りがあるのではないかと案じており、ご相談申し上げた次第です。
つきましては、改めて包み直しのうえ、お寺様に再度ご祈祷をお願いすべきでしょうか。ご教示いただけますと幸いに存じます。
浄土宗、姉が二人、配偶者在り ケロイド体質(治療中) 自分勝手、自分が常に正しいと思ってしまう
利己的、他人の評価を気にする、自分と他人を比べてしまう、思い通りにならないとすぐイライラする 努力しようと思うが長続きしない
お坊さんからの回答 2件
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ご質問ありがとうございます。
失敗したら反省して同じ失敗を繰り返さないようにしましょう。
それがお釈迦様の教えですから次に気を付けたらいいのですよ。
仏様はそのくらいのことで怒ったりしませんからね。
包み直しや再度の祈祷のお金や労力はご家族に直接お使いくださいね。
過去は過ぎ去りもう無い
過去は過ぎ去りもう無い。
未来は未だ来たらずまだ無い。
過去の失敗に学ぶことは良いことですが、今を明るく生きることの方がもっと重要です。
そのようなミスは、お寺のお坊さんも御本尊様も気にしておられないと思います。
過去や未来に関する妄想雑念を引きずらないことは仏教の重要な要素です。
だから仏様は全く気にしておられないので、ご安心ください。
なお、お布施はサービス料金ではなく、見返りを求めずに、自分のものへの執着を手放して他者にプレゼントするという修行の一種です。
祈祷をお願いしなくてもお布施やお賽銭をして良いし、チャリティー募金等も布施の一種です。
電車で席を譲ったり、優しい笑顔や言葉かけも布施の一種です。
それらの布施は功徳(心に善の癖がついて悟りやすくなる)につながります。
つまり、布施をする喜びを味わって幸せな気分になり、功徳も積んでいただきたいのです。
お布施のために悩んだり怒ったりする必要はないとお考えいただければ幸いです。


