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お母さんに膵臓癌が見つかった友人への対応回答受付中

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2月の半ば、15年来の友人から「お母さんに膵臓癌が見つかった」とラインがありました。その後何度かやりとりをして、友人からの毎日泣いている、転移しているかもしれない、悲しくてしかたないといった内容に私は、寄り添うような言葉や、共感するような言葉(私の母も癌では無いですが闘病中のため)をかけていました。
3月後半に「大変な時期だと思うから無理しなくて全然良いんだけど、もし落ち着いたタイミングがあればランチでもどうかなと思って」とラインしました。友人からは「オッケー」と返事がきて、それに私は「またこの週が良いとかあれば教えて」と返し、それに対しての友人からの返事は無く2週間ほどがたちました。

私と友人は近所に住んでいる事もあり、良く遊んだり飲みにいたりする間柄で、友人に子どもが生まれるまでは週1の頻度で、子どもが生まれてからも月に1、2回ほどは会っていました。ラインも用事がなくてもたわいも無いやりとりを頻繁にしていました。また、私の母に病気が見つかった時は家に来てくれて、大丈夫?と話しを聞いてくれたり、友人が産後うつのような状態になった時は家に来て話しを聞いたりしていました。

友人は私にとってとても大切な存在です。友人は精神的にも状況的にもとても大変な時で、私にできる事など何も無く、友人からの連絡を待つしか無いとは分かっているのですが、毎日「大丈夫かな」「今どんな状況なんだろう」と気にかかってしまいます。やはり待つしかないでしょうか。純粋に友人を心配する気持ちと、このまま疎遠になるのだろうかという気持ちが混在しています。

2026年4月7日 17:35
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

思いを馳せ、お待ちしましょう。

 こんばんは。大切なご友人のことを思い、これまで関わってこられたご様子がよく伝わってきますし、今もなお「何かできることはないか」と考えてしまうのは、とても自然なことだと思います。
 けれど今回の問いは、何かをすれば状況が動くという種類のものではなく、すでにご自身でも感じておられる通り、「待つしかないのだろうか」というところに立ちながら、その中で揺れているご自身の気持ちをどう扱えばよいか、という問いのように見えます。

 ご友人は今、ご家族の大きな出来事の中にあって、誰かと会ったりやり取りを続けたりする余力が持てない状態にあるのかもしれません。それはあなたとの関係が変わったということではなく、ただその状況に向き合うことで精一杯である、ということなのだと思います。ですから、返事がないことをそのまま距離の変化と受け取る必要はないのではないでしょうか。

 こういうとき、何かをしてあげたいという思いが強いほど、「何もできない」という感覚がつらくなりますが、関係というものは、動かすことで保たれる場合ばかりではなく、あえて動かさずにそっと置いておくことで守られることもあります。今はまさにその時期であり、相手のタイミングを尊重して待つこと自体が、関係を大切にする一つの関わり方になっているのだと思います。

 それでも「大丈夫だろうか」「このまま疎遠になるのではないか」という思いが浮かんでくるのは自然なことですし、その揺れを無理に消そうとしなくてよいと思います。その揺れを抱えたまま、それでも相手のことを思い続けること、それ自体がすでに関係の中にいる在り方なのではないでしょうか。

 今は、祈りつつ待つ時期なのだと思います。言葉を交わせなくても、会うことができなくても、相手の無事を願う気持ちが途切れるわけではありません。
 その静かなつながりを保ちながら、ご友人のほうからまた言葉が戻ってくる時を待ってみてください。私からもお祈りします。

2026年4月8日 0:34
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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