人助けへの疲れ回答受付中
よろしくお願いします。
私は大学生で、去年まで彼女がいました。春先になると精神が不安定になり、「死にたい」と相談されることが多かったです。死なないでほしい旨を伝えつつ、彼女の意志を尊重して周囲にも彼女の気持ちを漏らさず、話を聞き、少し距離を気にしながら支えてきたつもりでした。しかし、彼女はそれが不満だったらしく、「アナタは私に興味がない」と言って、私と彼女は別れることになりました。そして彼女はその半年後、新しい彼氏と過ごし始めました。
正直、私は彼女を恨んでいると思います。何度も恨みを捨てようとしました。忘れようとしましたし、会わないように同じだったサークルにも行かないようにしています。「結局、彼女は生きているのだから私の行為に意味はあった」と自分を納得させようと考えてきました。しかし、ダメでした。
加えて言えば、このようなことは以前もありました。その経験もあって、「誰かを助けようとも最後はいつも一人になる」という結論が頭を離れてくれません。
私は仏様のような悟りには未だ遠く、寧ろ罪深いのだと感じます(前世で大罪でも犯したのかと常々考えてしまいます)。精神修行が一番かもしれませんが、この苦しみにせめて光明が射してくれることを願わずにはいられません。
どなたか、様々なご意見いただけますと幸いです。
自分の心がよくわからない。父母が共働きであまりつながりがなかった。人を信じれない気持ちと信じたい気持ちがある気がする。
親との関係性と、善行を積みたいけれど、時に良くないことを思いついてしまい、そういうのを辞めたい。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
支えるときの立場、恋人と支援者の違いに意識しましょう。
今回の別れは、また別の話だと思いますよ。彼女の精神が不安定な中、あなたが支え続けてこられた。大変なことだったと思います。希死念慮がある状態を支えるのは、根気に要ることであり、こちらも振り回されてしまうなど強く影響を受けてしまいます。ですが、その時の彼女は、自分のことで精一杯で、あなたを傷つけてしまうこともあったのではないですか。
恨んでしまう…そうですよね。彼女に寄り添ってきても、あなたのことは大事にしてくれていたのでしょうかね。
支えるときの立場、恋人と支援者の違いに意識しましょう。それは、彼女にも言えることです。支援者であれば、困難なところだけをサポートします。ですから、回復をすると頼らなくなる、頼る必要がなくなる。それが大事。恋人は、サポートのためにいるのではなく、恋愛相手なのです。
お2人の関係は、違っていたのかもしれませんね。
「誰かを助けようとも最後はいつも一人になる」恋人を心配するのは、好きだからですよね。ただ、何でも聞いて、求めるままにサポートしてしまうと、恋人としての関係に戻りづらくなります。
相手に振り回されてしまうときは、専門家や他の支援にも繋いでいきましょうね。あなたの優しさに、頼りきりにならずに、対等に関われる関係を大事にしてくれる人と巡り会えますように。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」 人生無駄なし!
このたびは、深い心の痛みをこうして寄せてくださったことに、心より敬意を表します。
「前世で大罪でも犯したのか」という言葉がありましたね。仏教の因果応報は、「すべては自分のせい」という自己責任論ではありません。私たちは、お互いに無数の因縁の中に生きています。そのすべての因縁を確認することは、不可能です。だから、悠マさんがどれほど誠実に彼女を支えようとしても、彼女がそれをどう受け取り、どう行動するかは、あなたの想像をはるかに超えていくでしょう。それは、彼女と彼女を取り巻く因縁であり、選択の結果です。「人の感情や行動を他人がコントロールできるものではない」という大切な学びを得たと、悠マさんはふりかえることが出来ます。
悠マさんが「仏様のような悟りに遠い」「寧ろ罪深い」と感じるその心。その気づきに至ったあなたは、とても尊いです。浄土真宗では、その気づきをとても大切にしてきました。開祖である親鸞さまは、「自分の力で悟りを開けると思っている人よりも、自分が不完全で自己中心の思いが抑えられない凡夫であることを自覚した人の方が、阿弥陀さまの願いに出遇いやすい」と、教えておられます。悠マさんが「恨みを捨てようとしてもダメだった」と正直に語られたこと。それは、自分の心の弱さや限界を認めることであり、実はそこに、阿弥陀さまの願いが届く入り口があるのです。
「誰かを助けようとも最後はいつも一人になる」とは、今現在の悠マさんの仮説ですね。私も、お寺で悩み事相談を長年続けていますが、「本当に有り難うございました」と心の底から言葉を返してくださる方は、少ないです。私は、そのたびに打ちひしがれ、絶望し、理想と現実の狭間で悩みます。でも、そのことは、更なる学びや工夫の原動力になってきました。関わる人だけでなく、自分自身も深く広くふりかえることが出来るようになってきました。
悠マさんの今回の支えが、直接彼女には届かなかったかも知れません。でも、これまでの試行錯誤は、悠マさんの人生経験となって、また別の機会で生きてくるでしょう。まさに「人生無駄なし」だと思っています。こうして、hasunohaにつながったことも、「あなたを独りにしない」という仏さまの願いが届いている証だと、私は受けとめています。まさに、悠マさんに「光明が射している」証です。
hasunoha一同、これからも応援しています。
見返りを求める思いが、あなた自身をより苦しくさせているのでは
ご自身の身を削りながら、彼女の命を繋ぎ止めたあなたの優しさと忍耐に、まずは深く敬意を表します。
「彼女を恨んでしまう」とのことですが、ご自身を責める必要はありません。私たち人間は皆、不完全な存在です。懸命に支えた相手が別の道を選べば、心が波立ち恨みが湧くのは人間としてごく自然なことであり、仕方のないことなのです。
「結局、彼女は生きているのだから私の行為に意味はあった」。そのお考えは、まさに正解です。あなたの善行は一人の命を救い、決して無意味ではありませんでした。しかし、仏教では「物事は決して自分の思い通りにはならない」と説きます。彼女が離れていったのは、誰のせいでもなく、ただお二人の「ご縁」がそこまでであったというだけなのです。
「誰かを助けようとも最後はいつも一人になる」と思い詰めておられますが、あなたの人生はまだ20年余りです。たった数回の出来事だけで、この先の長い人生の全てがそう決まったわけではありません。「助けたのに報われない」という見返りを求める思い(執着)が、今はあなた自身をより苦しくさせているように感じます。
決して前世の罪などではありません。辛い経験を抱えながらも、過去の恨みや未来への恐れに囚われず、「今、この瞬間」を大切に生きてみてください。その歩みを止めなければ、あなたのその優しい心には、必ず温かな光明が射し込む日が訪れます。どうかご自身を労わり、ゆっくりと心を休めてください。
拝
縁起寺 釋聴法



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )