わがままで甘えな自分と向き合うには。
お昼頃、父と祖父と自分とお昼ご飯を食べてから帰りに祖父の封筒を郵便ポストに入れる際に父の運転する車の助手席のドアを私が郵便ポストに当ててしまいパニックになり父に謝るより先に自分自身を強く卑下する言葉で自分自身を車内で罵倒してしまい父や祖父からかなりお叱りを受けました。
父から「何よりも先ずは俺に謝るのが先だろ。お前の甘えもわがまま勝手なのも大概にしていい加減治しなさい。」と言って頂き治そうと思うのですが…心構えなどをお教え下さりますと幸いです。
愛媛生まれ愛媛育ち。 28歳。 家族構成は父と自分と祖父と叔父です。 父子家庭。 父と叔父は幼少期から高校卒業辺りまで父親(私からは祖父)から身体的虐待と心理的虐待を受けていた。 私は過去に保育園児の頃から母親からの心理的虐待を受けてきました。 中学二年生の頃にその事を父に伝え母親とは離縁となり、それからは祖父母にも面倒を見てもらいながら育ちました。 21歳の頃に祖母が病気で亡くなりその時の悲しさを吐き出せずに胸の奥にしまい込んでおります。 病気は24歳の頃にてんかんの発作を初めて発症して意識を失い倒れて救急搬送されましたが何とか今は処方された薬を飲みながら何とか発作は起きずに過ごせています。 自分の性格は、独り善がりな所や甘え、わがままな所がありそれで父と度々衝突してしまい心配ばかりかけてしまって父からもその性格を「甘えたこと言うのもいい加減にして治しなさい。」と言われ直していこうとするのですが自分でもどうすればマトモな自分に治るのか悩んでいます。
自分への不甲斐なさや社会で生きていていい人間ではないのではないかと思ってしまい怒りや焦りが出てきてしまいます。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
不注意を謝っても、父があなたの人格を傷つける必要はない。
車の扉が、ポストに当たったのですね。気を配ったつもりでも、一瞬の出来事ですものね。ビックリしたでしょうし、しまったという後悔もありますよね。
謝ることが先だったのかもしれませんが、一気に心拍数が上がって、パニックになってしまったことでしょう。
あなたは扉とポストに、手や指を挟んだりしませんでしたか?
甘え、わがまま、勝手…
それを言われるのは、厳しいですよね。
叱りたくもなるだろうけれど、あなたに怪我がないのが、一番なのですよ。
プロフィールも読ませてもらいました。お父さんはあなたに厳しく、干渉もあるのではないかなと思います。ですが、あなたはもう大人ですものね。あなたの性格が、お父さんには苛立つ部分もあるのかもしれませんが、お父さんの基準が正しいというわけでもありません。あなたは、あなたのペースで歩まれたらいいのですよ。それも、あなたの良さなのですからね。
今回の件、車を傷つけた不注意に関しては謝ればいいと思いますが、あなたの人格を傷つける言い方までする必要はなく、お父さんは言い過ぎです。
どうぞ、深く傷つかないで。心が乱れたら、ハスノハに休みにきてくださいね。誰かに話を聞いてもらうと、気持ちも落ち着いてきますからね。あなたは、ちゃんと認められていくべき人なのですよ。
出来ることから無理なく、でよいのです
人はみな「わがまま」です。「ダメ」なところも少なからず持っています。それでも“許されている”のです。現にこうして、今この瞬間も、“生かされている”のですからね。
だから、(執拗に)責めなくていいのですね。責めてしまうのは、ただの心の癖。人間の心の性質です。もとより責めようとして責めているのではなく、気づいたらもう責めているのではないでしょうか。
そういうことも含め、直せるものだけ直していけばいいと思います。直せるところから直せる分だけ直していく。直せないものは、いくら直そうとしても直せないはずです。人間、出来ないことをやろうとするから無理が生じます。出来ることから無理なく、でいいのです。
「何よりも先ずは俺に謝るのが先だろ。お前の甘えもわがまま勝手なのも大概にしていい加減治しなさい。」とお父さまから叱責されたとのことですが、取り乱して自分を罵倒している息子(ふみのやさん)に対して、いささか冷たい態度のようにも感じます。
このご文章だけではお父さまのお人柄を十分に理解することは出来ませんが、ひょっとすると厳格な(躾に厳しい)お父さまで、ふみのやさんが小さな頃からあまり焦り・不安・悲しみなどの、いわゆる負の感情に寄り添ってくださるようなことが少なかったのではなかったでしょうか。
もしそうだったとしたら、まずはご自身の心のなかにある、そのままの感情に(ご自身で)寄り添ってみる、ということをしてみていただければと思います。
たとえば、あなたのお心に悲しみがあるときには、ああ悲しいんだね(悲しかったんだね)、と悲しいままの自分をそのままやさしく受け止めてあげるようにするのです。
数分程度でもいいと思いますので、そうして少しずつ、心のなかにあるものをそのまま認め、感じるようにしていくと、ご自身の感情(悲しみ)を受け入れる“心の器”が少しずつ広く深くなっていくことと思います。
心の器は、一朝一夕に大きくなるものではありませんが、必ず育ちます。長丁場になる覚悟を持って、こつこつやっていくことが肝要です。
そわか合掌
出来事と自分の価値を切り離すこと、自分を裁くのをやめること
ご相談ありがとうございます。思いがけない事故にパニックとなり、さぞお辛い時間でしたね。
まずお伝えしたいのは、あなたは「わがままでダメな人間」などではないということです。車内でご自身を強く罵倒した行動をお父様は「甘え」と仰いましたが、僧侶の視点からは少し違って見えます。それは「これ以上傷つきたくないという、心を守るための悲しい鎧(よろい)」だったのではないでしょうか。
先に自分で自分を厳しく罰してしまえば、相手からの怒りを少しでも回避できる、その無意識の強い怯えが、過剰な自責となって表れたのです。お父様がもどかしく感じたのは、あなたが「相手への謝罪」より「自分の恐怖を鎮めること」に精一杯に見えたからかもしれません。
これからの心構えは二つです。
一つは「出来事と自分の価値を切り離すこと」。車が傷ついた事実と、あなたの人間性は別物です。形あるものはいつか傷つきます。修理すれば済むことです。
もう一つは「自分を裁くのをやめること」。失敗した時は自分を責める鎧を脱ぎ、ただ「ごめんなさい」と頭を下げる。自分を罰する力を、相手への誠実さに向けましょう。
あなたは十分に真面目な方です。もうこれ以上、自分を責める必要はありません。
拝
縁起寺 釋聴法
質問者からのお礼
釋聴法様、ご回答ありがとうございます🙏🙇♂️
出来事と自分の価値を切り離すことと、鎧を脱いで家族も含めたお相手の方への誠実さを向けられるようにこれから一歩ずつ努めてまいります。
ご助言を頂けて心がフッと軽く楽になりました…。
入山文章様、ご回答ありがとうございます🙏🙇♂️
仰る通り父は私が幼少の頃から「俺は子育ては放任主義だから。」と自称しているのですが放任というより躾に厳しく子育てには無関心に近かったです。私の日常会話にも父が興味が湧く話であれば喋ってくれるのですが(ただ父がスマホを見ながら喋られる事が多いです。)父の興味が湧かない話だと「ふーん。」「あっそ。」の相槌くらいでそれ以上話そうとすると無視となります…。
私が私自身の感情に一歩ずつ寄り添い心の器も大きくなれる様にコツコツ育ててまいります。
長文失礼しました🙏
中田 三恵様、ご回答ありがとうございます🙏🙇♂️
プロフィールも拝見して下さりありがとうございます🙏
はい、扉とポストに手は挟む事はなかったです🙏お心遣いありがとうございます🙏
私にお叱りをして下さった祖父が父に「〇〇(父の名前)言い過ぎだからもうやめなさい」と止めに入ってはくれましたが父は「いやこれだけは言っておかんといかんのじゃ、調子に乗りやがって。」と言われました。
お叱りを受けた後、落ち着いてから父に謝りましたがどうにも落ち着かず雨は降っていましたが傘をさして近所のお寺さんに行き手を合わせてきました。
ゆっくり自分のペースで歩んでまいります。
これからは心が乱れた時、乱れたりしそうな時にはハスノハに休みに来ます。
長文失礼しました🙏



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