祖母の死を願ってしまった後悔回答受付中
1年前に祖母を亡くしました。2年前の10月、祖母がもう長くないかもと言われ、遠方に嫁いだ私と同じく遠方に就職した弟は新幹線で祖母に会いに実家へ帰りました。私は小さな子供3人を連れて電車と新幹線で片道4時間の距離を1人で帰りましたが、とても大変な道のりでした。
翌年の年明け、祖母がいよいよ危篤とのことで、お葬式に出るつもりでまた実家に3人の子供と帰りました。帰りの道中はやはり本当に大変で発狂しそうなくらいでしたが、ちゃんと祖母にお別れができるならと思い頑張れました。
何日か滞在して祖母の様子を見ましたが、どうやら危篤から一時容体が安定したようでした。弟は『よかった、、』と安堵の声を漏らしましたが、私は、『このまま私たちが帰るまで亡くならなければ、また実家に帰ってこなければならず、交通費のこともあるしまたあの大変な道中をなんとか帰らなければいけない、、子供の学校の予定もあってさらに難しいので、また実家に戻ることは無理かもしれない。そうするとお葬式に出られず、ちゃんとお別れができないことになる、、』と思い、『今私たちが滞在しているうちに穏やかに亡くなって欲しい、、』と思ってしまいました。
その翌日、施設に入居していた祖母に面会の許可が特別におりたので訪問すると、もう無表情で動かなくなっていた祖母が私と弟の顔を見て一瞬笑ってくれました。その時に、『ああ、私たちに会うために生きていてくれたのだ。それなのに私はなんてことを、、』と自分を責めて泣きました。
実家に帰ってきた目的が『お葬式に出ること』になってしまい、一瞬でも『死んで欲しい』なんて最低最悪なことを考えてしまった自分がいまだに許せなくて、祖母のことを思い出すたびに辛くなります。なぜ、あんなに大切だった祖母に、少しでも長く生きていて欲しいと思えなかったのか。。祖母に申し訳なく情けない気持ちが今も消えません。
天国で祖母は怒っているでしょうか。どうしたら許してもらえるでしょうか。どうしたら自分を許せるでしょうか。どうかお力をよろしくお願いします。
お坊さんからの回答 2件
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誰もが自分の都合を精一杯に生きてきた証拠。みんな立派なのです
遠方に嫁いだとはいえ、物理的な距離に悩まされたのですね。会いたい、そばにいたい、後悔したくない、感謝や愛を伝えたい、その心に嘘偽りなどなく、そのために片道4時間の距離でも向かわずにはいられなかったのですよね。想いと実際の移動での負担は、心身の疲労やストレスを感じさせますよね。
思うように事は運びませんよね。それは、みんな自分の都合を精一杯に生きている証拠なのですよ。祖母さまも、危篤になられても一時容体が安定したのは、最期までその命を生き抜かれた祖母さまの都合なのです。だから、みんな立派なのですよ。
どこでもドアがあればね。いつだって行きたい所に、会いたい時に、移動できますのにね。そんな事もできないから、限られた時間の中で、大切な繋がりを求めて悩むのです。大事に生きたいと思うからこそ。
悩みながら選んだ選択、苦労してでも通った道、母(あなた)と共にいた子どもたちの記憶、揺れ動いた感情は、どれも今をしっかり見て生きた、家族の尊い時間だったのですよ。
孫やひ孫がそばにいて、声を聞いて、幸せだったのよ。誰が怒るものですか。
祖母さまは、あなたにこう仰るでしょう。「会いに来てくれて、ありがとう」と、あの笑顔で見守ってくださっていますよ。
お祖母様は心からの喜びとともに旅立たれました
お辛い胸の内を打ち明けてくださり、ありがとうございます。お祖母様を思う深い愛情と、ご自身を責める苦しみとが痛いほど伝わってまいります。
まずお伝えしたいのは、あなたがお祖母様の死を願ってしまったのは、決して憎悪や冷たさからではないということです。幼いお子様3人を連れての長時間の移動は、心身ともに「発狂しそうなくらい」の過酷なものでした。交通費や学校の予定など、現実的な負担に追い詰められれば、私たち「凡夫(ぼんぶ=迷いや煩悩を抱えた普通の人間)」は、自身の限界から逃れるために自分本位な考えを抱いてしまうものです。それは誰にでも起こり得ることであり、決してあなただけが特別に薄情なわけではありません。
どうか、極限状態でのその一瞬の感情だけで、ご自身を「最低最悪」と裁かないでください。お祖母様があなたと弟様の顔を見て微笑んでくださったこと、それがすべての答えです。お祖母様は、あなたが身を粉にして会いに来てくれたその「深い愛情と努力」をしっかりとお受け取りになり、心からの喜びとともに旅立たれました。
お祖母様は、決して怒ってなどいません。仏様となられた今、あなたがどれほど悩み、無理をして会いに来てくれたかをすべて理解し、ただ温かく優しく見守ってくださっています。
ご自身を許す第一歩は、ご自身の弱さや限界を「人間として当然の姿だった」と認めてあげることです。自分を責め続ける心をふっと手放し、「おばあちゃん、あの時は本当にいっぱいいっぱいだったよ。でも大好きだよ」と、ありのままの心で手を合わせてみてください。その安らかな祈りこそが、何よりの供養となります。
拝
縁起寺 釋聴法



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