親友の死亡に対しての心の持ちよう回答受付中
24歳の親友が先週交通事故によって死亡しました。
その親友とは中学からの付き合いで、旅行やちょっとした遊びにも良く行っていました。
海外旅行も計画しており、予約も全て行なっていた中での事故でした。
死んだことは頭で理解していますが、死の実感が無く、旅先についての話題や良く話していたゲームの記事を見るたびに「あ、話す人はいないんだ」と虚無感に襲われます。
親友が死んだことに対しては恐らく踏ん切りはついているんだと思いますが、何のやる気もでない状態で困っています。
ここ1週間でやっていることといえば、親友にやっといてと言われたことをやってる程度で後は寝ています。
当方働いており、重要度の高い内容も任されており、以前は意欲的だった気がしますが、今は正直どうでも良いと考えてしまっている自分がいます。
一体どんな気持ちで今後生きていけば良いのでしょうか。
考えも纏まらず拙い文章で申し訳ございません。
ただ、今の気持ちを誰かに知って欲しかったのだと思います。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
親友が、あなたにとってかけがえのない存在だったのですね
辛い別れの中、苦しい気持ちを精一杯の言葉にして届けてくれました。そして、今日まで生きていてくれて、本当に有り難う。
中学からの長い付き合いが続き、一緒に海外旅行の楽しみまで思い描いていた矢先の、思いがけないお別れ。「死んだと分かっているのに、実感がない」のは当然の感情です。「やる気が出ない」「意欲的だった仕事も、今はどうでも良いと感じている」ことも、深い悲しみを抱えた人の誰もが経験することです。何気ない日常の見え方やまわりの人の言葉遣い、その振る舞いに敏感になって、急に涙がこぼれてしまったり、いらだちを覚えるようなことがあるかも知れません。失ったものや別れた人の存在が大きければ大きいほど、それだけ、心が大きく揺さぶられ、伴って体調も変化します。
あなたは「親友を失った現実」と「まだ一緒にいてほしい願望」の間を、行き来しておられるのだと思います。私は、「現実を受けとめなさい」とは申しません。あなたにこそ、やってほしいことがあります。親友との思い出を一つひとつ書き出すことです。思い出の場所に行くことです。思い出を一つひとつ再体験してください。再体験を通して、親友から教わったこと、分かち合ったことを丁寧にふりかえってください。親友から、多くのものをいただいていたことに気づくでしょう。それらは、きっと、あなたの人生の杖になるでしょう。
「余計に辛くなるのでは?」と思うでしょう。出来ることからで構いません。あなたにお勧めしたかったのは、感情に蓋をしないことです。「泣いたらダメ」と思っていると、感情に蓋をしたくなります。そうすると、生きていこうとする力はどんどん削がれていくでしょう。大切なのは、悲しくなったら泣けること、楽しくなったら笑えることです。一見矛盾するようですが、多くのご遺族の伴走をすることで、私自身が教えてもらったことです。その点、お寺・お仏壇・お墓は安心して涙を流せる場所の一つですね。だからこそ、これまで大切にされてきたのでしょう。
しっかり感情が表せるようになった時、あなた自身がその現実を再び歩み始める力が、よみがえってくるでしょう。なぜなら、親友は人間境涯を卒業して、仏さまという最高の応援団に成ってあなたを導いていてくれるからです。「きっと、大丈夫です」
あなたは独りではありません。hasunohaの僧侶一同も、あなたの応援団です。



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◆「絵本のお坊さん」として、絵本を通じて人生を見つめ直す活動を行っています。◆死別、離婚、退職、不安など、様々な喪失を抱える方のお話に寄り添い、仏道の教えを分かち合いながら心を癒すお手伝いをしています。◆資格:グリーフケアアドバイザー1級、発達障害コミュニケーション初級指導者。