あるテレビ番組について回答受付中
お坊様方、こんばんは。
ちょっとモヤモヤしたので相談します。
日本テレビ系列の『24時間テレビ』についてです。
私は、ある人のガンにより、ひどい目に会ったので、ガンの研究などへの募金を、24時間テレビで受け付けていたので、ごく少額を募金しました。
しかし、ネット動画を見ると、過去に起きた募金の着服事件や、マラソンは、途中でワープ(車で移動)しているのではないかと、いうような疑惑や、障がい者を見せ物にしているのではないかと言う批判を見て、私は少し悲しくなりました。
不正が行われていたのなら、正さなくてはいけないかもしれません。
しかし、この世で善を行うとすると、大なり小なり『偽善的』な要素が入り込むと思います。
私も、正確な判断はできないかもしれませんが、芸能人が24時間マラソンをするのは、無理があるのではないかと、思いました。もっと負担が軽く、できるようなことをしたほうが良いのではないか、と私は思いました。
お坊様方におかれては、どう思われますでしょうか?
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
いろんな価値観や生き方があっていい。考える機会にしていこう。
番組には、様々な意見が寄せられていますよね。それだけ関心度も高いからでしょう。そして、テーマ「わたしの家族の話〜あなたは誰を想う?〜」に、多くの人が気持ちを重ねたことでしょう。
見えている部分しか、わからないこともありますし、出演者の想いもあることですのに、SNSでは心無い言葉が書き込まれ、読んでいても悲しくなります。
どんな人でも、どんな状況でも、頑張る人から勇気や元気をもらることもありますよね。そして、「頑張る」ことだけがすべてでもありません。
番組をあげて同じ方向へ誘導されるような感覚に、プレッシャーを感じる人もいるでしょう。いろんな価値観や生き方があっていいのですよね。それぞれのペースを大事にしたいですね。
以前に寄付金の着服があったことで、番組への不信感もあることですが、それでも番組を通して、いろんなことを考える機会にすればいいと思うのですよ。
あなたの募金が、誰かを支える力となるでしょう。あなたの優しさが、届いていきますように。
あなたが誰かの苦しみを思って差し出した善意は、尊いものですよ
ご相談ありがとうございます。
まず最初に、あなたが募金をされたお気持ちは、とても尊いものだと思いますし、その善意があったからこそ、不正疑惑や批判を目にして、悲しい気持ちになられたのだと思います。
もし不正があったのであれば、それは正されるべきでしょう。
以前までの私も不正の情報に触れた時に、あなたと同じように感じ憤りましたし、自分の気持ちを食い物にされたようで、悔しい思いになったこともあります。
一方で、不正があったからといって、そこに寄せられたすべての善意まで否定されるわけでもないと、今では思うようになってきました。
ですから私は、行為だけでなく、その行為を起こした「心」も大切にしようと考えています。
あなたが募金をされたとき、「困っている人の役に立ってほしい」
という願いがあったのであれば、その心そのものは失われません。
また、「善を行うときには、どこかに偽善的な要素も混じるのではないか」というお考えについても、私はある意味ではその通りだと思います。
感謝されたい気持ちもあるでしょうし、自分が納得したい気持ちもあるでしょう。
しかし、そうした思いが少し混じっていたとしても、人を助けようとする行いまで無価値になるわけではありません。
むしろ現実の善意というものは、そうした人間らしさを含みながら行われているものではないでしょうか。
24時間テレビについても、さまざまな意見があると思います。
ただ、その企画によって何かが助けられる一助になっていることも事実だと思います。
何かを評価するときに、「完全な善でなければ価値がない」
あるいは「一つ問題があれば全部悪だ」と言うのも違和感を覚えています。
現実の世の中は、良い面もあれば改めるべき面もある。
そういうものではないでしょうか。
善意を疑い始めて、善を行う気力そのものを失ってしまうことは
非常に悲しいことになるように思うのです。
もちろん不正は正されるべきです。
しかし、不正を憎むあまり、
「どうせ募金しても無駄」
「どうせ偽善だ」
「どうせ誰かが得をしている」
となってしまうと、今度は本当に困っている人へ向かう善意まで痩せてしまいます。
ですから、あなたが誰かの苦しみを思って差し出した善意は、24時間テレビの評価とは別に、大切なものだったと思いますよ。
優しさや誠実さや正しさが向上していこうとしている姿に見えます
公共の電波を用いて、民間の純粋な方々の善意を利用してずるいことをしていたということが実際にあったから「そこ」が正されるべきだというだけでしょう。
善意が悪なわけでは決してありません。
善意を悪用した詐欺的姿勢を、正しさを求めている人たちから批判されているだけでしょう。
また本当の謝罪や反省とは、不正や悪用、着服が一度でもあったのならば、募金に関して一円単位でも、プロの人が観ても納得の入金、使用方法が公開されてしかるべきでしょう。公開できないという姿勢も問題なのです。芸能人、関係者だってノーギャラで本人たちに負担も無い形で分担出演するべきでしょうし、公共の電波を用いての公共の募金なわけですから、出演者も番組を見る人たちも納得する形で行わていれば誰も文句はないのでしょう。
よって人間世界の純粋善意を悪く言っているわけではないです。
世間に必要なことは悪意、悪事無く、良いことが進んで行われることですから、
良いことは宣伝・アピールであっても行われてよい位です。良いことは100%万人が納得する形でなくても、私心が無いように行われるよう「努力されていけばよい」のでしょう。
純粋な善意は純粋善意であれば今後も行われるべきです。
24時間テレビは、実際に苦しんでいる方々が存在している中で、公共の電波を用いてお涙頂戴演出による「感動の商業的な消費と不正と寄付金の着服」を行なっていたことが内外からも批判された訳ですから、誠実に正されればよいだけです。
感動を悪用し、詐欺的な手法で資金を集めたり、プロパガンダに利用したりする行為、人の善意を騙し取り、当事者を置き去りにした美談で社会の課題を精神論にすり替えたり、あざとい感動の商業的消費や偽装であればそれは良くないよ、と。
電波を用いて人の善意を頂く募金活動であればこそ不正や詐欺はゼッタイにいけませんよね。ただし本当に善意の人たちはそこにすら気づかないくらい優しい訳です。その善意を奪ってまで、おまけに寄付金着服。それは当然世間も怒るわけです。
つまり怒っている人たちもやさしい姿なのです。
「批判する側」も実際に支援・サポートを必要としている人たち、支える人たちの苦労もしらずに、正義パトロールで正義の剣を振りかざして、関係ない第三者としてあれこれ攻撃をすることも改善され、お互いの向上、全体の教導の態度で行えば、傷つく人も無くなるでしょう。
質問者からのお礼
丹下覚元様、中田三恵様、中島高州様
ご返答ありがとうございます。そうですね、完璧な善を行うことは、難しいかもしれませんね。
色々な批判的意見も、もっともかもしれませんが、批判する側の『正義』が暴走するのも怖いです。



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