ご祈祷中の異変
私は神社やお寺が好きです。
先日のことなのですが、成田山新勝寺へ行き、参拝すると同時にご祈祷をしてもらってきました。すると不思議なことが起きました。
ご祈祷中は合掌して目を閉じていたのですが、何故か悲しくも無いのに涙が自然と溢れ出してきて止まらなくなってしまいました。
心と身体、呼吸は落ち着いているのに、閉じた目から静かに涙が次々と流れ落ちては頬を伝い続けるような感じでした。
また、終盤の太鼓とお坊さん達のお経が堂内に響き渡る頃には、合掌している手が自然と震え出して、痙攣のような症状が出ました。手首から手先までが勝手に痙攣しだして、自分の意思とは関係なく、合掌した手がガクガクと震え続けました。
心は穏やかなのに涙が止まらず、合掌している手も自身の意思とは関係なく震えて痙攣する…。不思議な事にご祈祷中だけのことで、ご祈祷が終わると涙も手の震えも止まりました。
また、本堂に入るまでは曇りの天気でどんよりしていたのに、ご祈祷が終わって本堂を出る頃には太陽が出て、真夏のようなカンカン照りの天気に変わっていました。とても不思議な出来事でした。
私にはよくお世話になっている知り合いのお坊さん(真言宗ではなく、成田山とは別の宗派ですが)がおり、毎月、先祖供養の月参りとしてそのお坊さんのお寺へ参拝してはご祈祷を受けたり、読経をしたりしています。
お寺や神社へ行く機会はよくあり、今までにご祈祷を受けた経験や、自身がお寺などで読経したりする経験は数多いです。正座して合掌し続けることにも慣れています。
そのため、今回の成田山での出来事はお寺の慣れない環境で緊張した事が原因だったとは考えられません。
ちなみに他のお寺や神社でご祈祷を受けても、このようなことは一度もありませんでした。
…というのも、成田山新勝寺へは今まで4回ほど参拝とご祈祷をしてもらった経験があり、前にも一度だけ同じように涙が止まらなくなった事がありました。
何故か新勝寺のご祈祷でだけ、このような事が起きているような感じです。
「随喜の涙」という言葉を聞いたことはありますが…。
私が今回体験したことは神仏からの何らかのメッセージや警告なのでしょうか?
あるいは私は何かにとりつかれたりしてしまっているのでしょうか?
心配になったためご相談したいです。
何か一つ問題が起きると、その問題に関連しそうな些細なこと(まだ起きてもいない事)に対して、「こうなるかもしれない」「ああなってしまうかもしれない」と、考えて不安になり苦しくなることが多い。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
特別な空間は、日常とは異なる心身の「共鳴現象」が起こりやすい
不思議なことですね。神社仏閣という特別な空間では、日常とは異なる心や身体の「共鳴現象」が起こりやすいです。
大地のエネルギー、樹齢何百年の巨木、古くからの聖地、自然の周波数が高い場所です。そこに身を置くことで、心身の波長が清々しさに同調していく感覚。読経や木魚や太鼓や鈴や鏧の音は、心地よい周波数を持っています。空気や風、振動が体内に響き、鼓動や脳波がリラックスして共鳴したのかもしれませんね。
その後の気分はどうでしたか?
仏様は、人々の苦しみを受け止め、大慈悲を向けてくださいます。その御心に出遇い、優しい気持ちや生かされている感謝を感じながら、仏様のエネルギーと響き合ってくださいね。
きっと、自分をみつめる「内観」に触れたのかもしれませんよ。
はあ?それが何か?
愚僧はいま、浄土真宗、他力本願の坊主です。
ですが、5歳の頃から行者の真似事をしていました。
成田山新勝寺。
東国三社。
いまでも月参りを続けています。
成田山について言えば、これまで1000回くらいは参拝しているでしょうか。
慈救呪も、100万遍は軽く唱えていると思います。
「三密加持すれば疾く顕る」
そんな言葉もあります。
実際、愚僧自身、現前にお不動様を感得したとしか思えない経験もあります。
ですが――
それで、何か?
なのです。
霊験があった。
不思議な体験をした。
御加護をいただいた。
それで人生が変わりますか。
それだけで、より豊かな人生を歩めるのでしょうか。
私は、そうは思いません。
結局のところ大切なのは、
ご自身が地に足をつけて、どう生きるか。
ではないでしょうか。
あなたが、
あなたの人生を、
どう生きるのか。
そこなのだと思います。
神仏に手を合わせることは尊い。
祈ることも尊い。
御加護を願うことも、私は否定しません。
しかし、
少しお寺や神社に通った。
少し真言を唱えた。
少し修行らしきことをした。
それだけで人生の苦労が消えてなくなる。
そんな話ではありません。
むしろ、人生そのものが修行です。
人に裏切られる。
思うようにならない。
病む。
老いる。
失う。
腹も立つ。
泣きたくなる。
それでも今日を生きる。
その積み重ねの中に、仏道があるのではないでしょうか。
御加護を求めて右往左往するより、
今日、自分がなすべきことをする。
人に尽くす。
働く。
責任を果たす。
間違えたら頭を下げる。
転んだら、また立つ。
それでよいのです。
人生苦労。
もとい――
特別な「修行」なんて、いりませんよ。
もう十分、
あなたはあなたの人生を生きることで、
修行しているのですから。
世の中には不思議なことがありますよね。
おそらく神仏からのメッセージや何かにとりつかれたのではなく、達成感や安心感から涙がこぼれたのではないでしょうか。
また、手の震えは精神的なことなのか、疲労からくるのか分かりかねますが、もし参拝の度に手が震えるようなら前日にしっかり睡眠をとり、手が冷えないように軍手か手袋をして、歩くペースをゆっくりにして、時々水分補給で休みながら参拝してくださいね。それでも震えるなら医師にも診てもらってくださいね。
質問者からのお礼
ありがとうございました。
捉え方は人それぞれであまり気にしすぎないことも一つだと分かりました。
参考にさせていただきます。



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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )