好きという感情は無駄?
何かを好きになるだけ無駄と確信するようになりました。きっかけは失恋です。中2の頃から好きな人(Nさん)がいました。付き合ってもない片想いの相手でしたが、遠くから眺めていたという訳ではなく、一度だけ同じクラスになって仲良くなって、それ以降はずっと別のクラスでしたが学校内で見かけたら挨拶もしてくれて、たまにたわいもない話もして、SNSも繋いでました。でも卒業式の4日前にNさんに既に彼氏がいる事を知りました。この時自分は高校の卒業式の日に告白しようと前々から覚悟を決めて手紙を本格的に考えて書き始めた頃だったので、その矢先に知るという残酷なタイミングで、いきなり出鼻を挫かれる形になってしまいました。この失恋を機に確信した事が4つ。1つ目は恋愛は誰かの犠牲の上に成り立つ。1人しか選べない以上他の誰かの気持ちを捨てることになる。Nさんは恐らく自分が傷ついて苦しんでる事なんて気づいてないと思います。そしてもし自分が付き合えてれば恐らく恋愛は誰かの犠牲の上に立つだとか考えてなかったと思います。この事から確信した2つ目が人間は自分さえ良ければ良い、全員自己中だという事で、それは紛れもなく自分も含まれてます。もし自分が付き合えてたとしてもまた別の誰かがどこかで今の自分のように泣いてそして自分はそれを多分考えもしない。だって人間全員自己中だから。人間全員自己中な上で知らない所で犠牲が生まれてるのを見て確信した3つ目がもう誰かを好きになるだけ無駄だって事です。好きという感情が無駄に感じるのは今や自分の好きな人だけじゃなくて家族や友人、推しや趣味などにも広がってます。ここで確信した4つ目が、好きな人、家族、友人、推し、趣味。好きに対する方向性はどれも違いますが、共通点として必ずある感情が生まれると思ってます。それは期待。何の期待かというと、人間全員自己中だから、自分の思い通りになる期待。これが好きになるとほぼ必ず生まれると思います。そしてこうやって話してるのも、分かって欲しい、ここまで考えられてる自分を認めて欲しいという期待がどこかにあるからなんですよね。別の角度の意見を言えば恐らく自分は反論すると思います。何故なら分かって欲しい自己中さが人間である自分にもあるから。今は卒業して半年経ちますがまだ傷は治りきっていません。めちゃくちゃな文章でしたが最後まで読んでくださりありがとうございました。
お坊さんからの回答 3件
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無駄だったと思いたくないから、納得できないんじゃないかしら。
あなたの失恋。あれだけ仲良く、良い感じだった相手でも、恋人がいたのか…という残酷なタイミング。確かに、辛い現実でしょう。あなたには「犠牲」とも言えますね。そこには、悲しみ、未練、自己嫌悪、怒りなど、期待への裏切りや喪失を感じるからかもしれませんね。
ただ、傷つきや叶わなかったことを、「犠牲」と受け取る人もいれば、悔しさを前向きな成長や「未来への糧」として捉える人もいるでしょう。
もしかしたら、そう思えるようになるには、葛藤や執着を手放したもっと先のことかも知れませんね。
私は、私でしか生きられない。人間は、自己中という想いや欲、目的や願いを生んでいくものなのでしょう。どのように向き合い、付き合っていくのかが、生きていく上での課題でもあるのでしょうね。
人間の心は、複雑であり、厄介なもの。その者同士が、この世で生き、出会っていくのですから、いろんなことを困難だと感じるでしょうね。どうしたら、生きやすくなるのか。導き出す答えも、多様なのでしょうね。
でも、あなたが抱いた心を、無駄だったと思いたくないから、納得できないんじゃないかしら。
叶ってこそ、付き合ってこそ、恋だと思っていたものも、そうじゃない恋があることを知ってほしいわ。ずっと想い続ける恋もありますし、想っていたい(いた)自分を大事に考える人もいるものですよ。
いろんな人の感情に触れることで、傷ついた自分を癒やしていけたらいいですね。
「他人の心は自分の思い通りには変えられない」と知ること
中2から長く一途に想い続けた分、喪失感も計り知れないことでしょう。青春時代の失恋は深く心をえぐります。あなたがいま「好きになるだけ無駄」と虚無感を抱くのは、それだけ真剣に相手と向き合おうとしていた証拠です。まずは、深く傷ついているご自身をそのまま認めてあげてください。
仏教には「一切皆苦(いっさいかいく)」という教えがあります。これは「この世の物事は思い通りにならない」という真理です。あなたが気づいた「人はみな自己中」という考察は、ある意味でこの真理を鋭く突いています。人間が自己中心的であるのはその通りですが、それは必ずしも悪いことではありません。自分を守り生きていくために、そう振る舞わねばならない時もあるからです。「わかってほしい」「思い通りになってほしい」と期待するのも自然な感情であり、その自己中さを無理に変えようと自分を責める必要はありません。ただ、「他人の心は自分の思い通りには変えられない」と知ることが、苦しみから抜け出す第一歩となります。
また、「恋愛は犠牲の上に成り立つ」と考えておられますが、仏教ではこれを「ご縁」と捉えます。誰かと結ばれるのも離れるのも、無数の条件が重なり合った結果です。だからこそ「好きになるのは無駄」ではありません。人を想う感情は人と人との繋がりから自然と湧き出るものであり、その経験や痛みが、人間関係や「他者を思いやる心」を醸成していくのです。
今は傷が原因でネガティブな感情に覆われてしまうのは当然です。しかし、一人の人に執着してしまうと、前に進めなくなってしまいます。ここまで深く思考できる洞察力は、あなたの素晴らしい長所です。人を好きになった尊い経験を否定しないでください。心身を健やかに保っていれば、必ずまた良いご縁が巡ってきます。今は焦らず、ゆっくりと心の傷を癒していきましょう。
拝
縁起寺 釋聴法
目的に対する効果で判断
例えば、受験勉強という目的に対しては、恋愛感情は無駄なものです。
何かの目的があって、その目的に近づく結果にならないことは無駄です。
一方で、違う目的がある場合は、無駄ではない。
人類が反映するためには、恋愛感情というアプリの存在が必要です。
中には失恋するオスやメスもいますが、人類全体にとっては無駄なことではありません。



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