社会で役割を果たせないなら消えるべき?回答受付中
26歳、社会人4年目です。
仕事でミスや確認不足などが重なり、以前の部署でうまく仕事ができず、体調を崩して1ヶ月だけ休職した後、別の部署に異動しました。
振り返ると、「少し確認すれば防げた」「落ち着いて考えればできた」と思うことも多く、自分に責任があったことは認めています。
一方で、当時は仕事量がかなり多く、人員も自分含め3人と限られており、後出しで「こうすべきだった」と指摘されることも多かったため、環境や仕事との相性も影響していたのではないかと思っています。
現在は以前より負担の少ない仕事をしていますが、「社会人4年目にもなってできなかったのは、結局自分が怠惰で努力しなかったからではないか」と考えてしまい、過去の失敗を何度も思い返して自分を責めています。本当は、仕事もできて、プライベートも充実していて、目標に向かって努力でき、人からも好かれるような人間になりたいです。でも今の自分がそこから遠いことが許せません。一方で、これほど苦しんでいるなら、何か自分ではどうにもできない特性があるのではないか、診断などがあれば「怠惰だから」という自己評価から離れられるのではないか、とも考えてしまいます。
最近は「社会で役割を果たせないなら、生きていても苦しい」「人に迷惑をかけるくらいなら死んだ方が楽」と考えることもあります。
そこで、以下について、できるだけ率直に意見をいただきたいです。
1. 私のこれまでの仕事上の問題は、主に本人の努力不足・怠惰と考えるべきでしょうか。それとも、環境や仕事との相性なども相応に考慮すべきでしょうか。
2. 「社会人として通用しない人間だった」「そんな迷惑をかける人間はいなくなるべき」という自己評価は、客観的に見て妥当でしょうか。
私は怠惰だっただけなのか、それとも自分の努力だけでは説明できない要因があったのか。そして、過去を変えられないとして、私はこれからどう折り合って生きていけばいいのか、というところをご教示いただけますと幸いです。
お坊さんからの回答 2件
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頭で考えるだけでなく、経験で身についていくことも多いのです。
社会人になって、まだ4年目でしょ。社会人として通用しない・迷惑をかける人間だなんて…あなたは、どれだけの世界を見て、どれほどの仕事をしてきて、そう言うのでしょうか。
仕事なんてね、頭で考えるだけでなく、経験で身についていくことも多いのですよ。あなたのミスなど未熟さもあり、職場環境の影響もあった。そして、総合的に、キャパオーバーになってしまったのでしょう。たとえば、あなたの未熟さによるミスも、環境に余裕があったり、カバーしてくださる人間関係に恵まれていたり、あなた自身のメンタルバランスなどで、乗り越えることができたかもしれません。また、環境や仕事との相性が大きく影響していたからだとしても、 感情に囚われず、同じミスを繰り返さないための具体的な行動や仕組みといった改善策を考えて、状況を切り替えていく適応力があなたにあれば、たとえ未熟でも失敗を成長に繋げる機会になっていくかもしれません。
あなたが、どのような状況でミスが重なっていったのか、休職時にどう心身を整えたのか。そこには、あなた自身の困難な状況に対する物事の捉え方や、失敗を引きずらずに次へ切り替える精神力が関係していることでしょう。
私がお伝えしたいのは、まだ社会人4年目だということ。これも大事な経験としてほしいです。死んだほうがラクだと考えてしまうのなら、しっかり休めていない証拠。きちんと受診もして、セルフケアも取り入れてくださいね。
あなたが描いている理想像ですが、何でも手に入れているように見える人にも、見えない苦悩や努力もある。私はこんな人間だとすぐに答えなんて出さずに、そのためにどれほどの取り組みをしてきたのかを、振り返ってみましょう。また、身近に、お手本となるような人をよく観察してごらん。良いところをしっかり学ばせてもらいましょう。
ご相談を拝読しました。
率直に申し上げると、これまでの仕事上の失敗をすべて「努力不足」や「怠惰」のせいだと考えるのは、一面的だと思います。
「少し確認すれば防げた」「落ち着けばできた」という振り返りは大切です。しかし、仕事量、人員、職場環境、仕事内容との相性、当時の心身の状態など、さまざまな要因が重なって結果は生まれます。後から振り返れば簡単に思えるなことも、その時の自分には難しかったのかもしれません。
そして、「仕事がうまくできなかった」という事実と、「社会人として通用しない人間だった」「迷惑をかける人間はいなくなるべきだ」という評価は、まったく別のものです。
あなたは体調を崩して休職し、環境を変え、現在も仕事を続けています。それを「怠惰だった」という一言だけで片付けることはできないでしょう。
自分では説明できない困りごとが以前から繰り返されているのであれば、自分の特性を知るために専門機関へ相談することも一つの方法です。ただ、「診断がつけば自分を許せる」と考える必要はありません。大切なのは、自分を責める材料を探すことではなく、これから少し生きやすくなる方法を知ることです。
そして、今回もっとも気になったのは、「人に迷惑をかけるくらいなら死んだ方が楽」という言葉です。
人は、仕事ができるから生きていてよいのではありません。誰にも迷惑をかけず、常に社会的な役割を果たせる人などいません。私たちは皆、誰かに支えられ、同時に誰かを支えながら生きています。
過去の失敗を消すことはできません。しかし、「自分は怠惰だったのか」という裁判をいつまでも続ける必要もありません。これからは、「自分は何が得意で、何が苦手で、どんな環境なら力を発揮しやすいのか」を少しずつ知っていけばよいのです。
理想の自分を目指すことと、理想になれない自分を否定することは別です。
今の自分を好きになれなくても構いません。まずは、今の自分をこれ以上責めることを少し休ませてあげてください。



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